第百五十二話
「何よ……これ」
「なんじゃと言われても……おぬしに割り当てられた仕事じゃぞ?」
「……貴方や魯粛が仕事を疎かにした上に朝廷に仕える者達が無能な結果がこれなのかしら?」
「んなわけなかろう。むしろ不眠不休で働いておる」
片手に手近にあった書類を持ち、中身を読みながら質問してくる華琳ちゃんにありのまま伝える。
そして、書類を読み進めていく内に表情が険しくなってゆくのを見て、脇腹を突いてリラックスをさせてやるべきか悩む。
「…………治水工事、都市整備計画、街道整備、中華全土と外周の地図作成計画、大規模植林計画、太学の授業内容の修正案?!九章律(漢王朝が基本とする法律)を基とした新たな法の作成、公共交通機関計画?天候観測計画?自然動力開発計画?……貴方、これを全部並行してやろうとしているの?」
「無論」
ちなみにわかりづらいものを説明すると、太学というのは現在の大学のようなもの。
公共機関計画は細かく言うと主要都市間で馬車鉄道を引こうと思うておる。まぁまだテスト段階じゃがな。
天候観測は各所に観測所を設けて天候の移り変わり、ある程度の雨量の計測などを行い、人の移動や川船の運航などを助けることになる上に物見櫓としての役割も果たすことになるのじゃ。もっともこれはもう少し領土が広くならんとあまり意味は無いかもしれんがの。
自然動力開発は開発が終了した風車や水車などの大掛かりな設置で現状街道整備と並んで成果を上げておるものじゃな。
「馬鹿でしょ」
なぜか凄くいい笑顔でそう言われた……失礼なやつじゃ。
「そもそもよくこんな財源があったわね。十常侍の遺産はそれほどだったの?」
「まさかまさか、十常侍の遺産など雀の涙だったぞ」
「は?そんなはずないでしょ。あれほどのことをしておいてそんなわけが……」
「奴らの財産なんぞほとんどが吾の蔵の中じゃ」
「どういう意味かしら?」
そう怖い顔をせんでも違法な手段などとっておらんよ。
「ならなおのこと意味がわからないわ」
「難しく考える必要はないのじゃ。簡単に言えば十常侍の財産はほぼほぼ吾が売った物ばかりで、簡単に金銭などに換えれる物は既に吾が代金として頂いておるのじゃよ」
「……貴方が商売しているのは知っていたけど、まさか相手が十常侍とは……いえ、それよりもしかしてこの計画の予算は——」
「うむ、吾が立て替えておるの」
「立て替え……つまり貴方、国に金を貸したというの?!」
「その通りじゃ、ちなみに国債という名で、利子などもきっちり貰う手筈になっておる」
いやー、思った以上に漢王朝が貧しくて大変じゃったぞ。
元々吾の下にまだ皇太子であった帝が来たのは袁紹ざまぁに都を追われてのことである以上、財産はそれほど持ち運べなかった。つまり、朝廷が所有しておった財産はことごとく袁紹ざまぁ達に強奪されておるということじゃ。
いや、袁紹ざまぁに限ればそのような卑しい真似をするかどうか怪しいのでもしかすると朝廷内部の者が火事場泥棒と化したのかもしれんな。むしろそちらの法が濃厚か。
もっとも犯人探しはしようと思わんがな。幸いにして史実とは違い玉璽は手中にあるし、恐ろしく面倒じゃからな。
「国が、借金?……そんなこと思いもつかなかったわ——いえ、それより貴方、まさかとは思うけどこの予算は」
「全て吾の自腹ですが何か、なのじゃ」
正直に言うとじゃな。こんな国を挙げて行うような政策をいくつも同時に行うつもりはなかった。なかったんじゃが——
「華琳ちゃん。おぬしの領地で銭が減っておるということはないか?」
「そういえば桂花が領内で物々交換が多くなったと言っていたわね」
やはりそうか。
「実はそれ、吾のせいなんじゃよ」
「……」
「そんな怖い顔をするでない。吾が企んだものではない。偶然の結果なのじゃ」
ただ単純に銭が集まりすぎておるのじゃ。
銭の代わりに使っておる商会券も信用を得て、かなり用いられるようになったが洛陽から近い地域では未だに銭に勝るものはなし、それに洛陽は中華全土最大の都である以上、一商家が発行する商品券を受け取るはずもない。
十常侍が使っていたのに都では使えないのか?と思うかもしれんが、商品券を利用し始めた頃には十常侍は商会しか使うことがなくなっておったから世に知られておらんのじゃよ。
それらの事情など知ったことではないと流通する銭は吾の手元にたまり続けておる。
「……つまり、貴方は集まった金をばら撒くためにこんなことを」
「その通りじゃな。幸い徴兵はほとんどせずに済んでおるから人手には困らぬし……というか避難民で働き手が増えておるからむしろいい働き口になっておるから助かるがの」
「一応確認するけど、それで金は減ったのよね?」
「………………」
もちろん支払った時だけは減っておる。減っておるのじゃが……今の段階で半年もせん内に元通りになりそうなんじゃよなぁ。
銭は減っておるが収入はそれを上回る勢いで増えておるんじゃよ。しかも収入の増加は収まるところを知らん状態じゃし。
「あ、ちなみにここで得た知識は真似ても良いぞ」
「……できないことがわかった上で言ってるわね。そんな資金、あるわけないじゃない」
じゃよなー、だから隠さずに見せたのじゃからな。
ちなみに、国債の償還期限は大体百年後であるから吾が生きておる間は意味がなく、ほぼ溝に捨てたのと変わらぬが、その代わりに利権を随分手に入れたので問題は……はっ?!こんなことばかりしておるから金が減らぬのか?!
「あ、ちなみに華琳ちゃんにも程昱や郭嘉などにも基本給以外にも特別手当が付くぞ。えーっと金額は……」
(なんだか嫌な予感がするわね)
まずはいつも通り連続徹夜手当、連続勤務手当、健康保証手当、慰労手当、長期拘束手当、治療手当(十中八九関節炎、腰痛に悩まされるから)をベースとして、出張手当、外様手当、精神保証手当、外様長期拘束手当……後は諸々をつけて——
「このぐらいじゃな」
「…………何かの間違いよね。この金額……私達の軍が三年は動かせるわよ」
「なぬ?!こんな金額で……意外と華琳ちゃんは酷い領主なのじゃな」
「そんなわけないでしょう!!間違ってるのは美羽よ!」
そんなこと言われても吾は吾の領地しか知らんからのぉ。
ちなみに手当の意味が重複しているものがあるのはそれぞれの手当に上限があるからわざわざこのようなことになっておるんじゃ。