第百五十三話
<新たな覇王(被害者)>
「…………」
ちょっと舐めてたわね。
美羽が妙に金回りが良いことは知っていたし、南陽や洛陽が今までにないほど賑わっていることは知っていた。
でも——
「何よ、この金額!この書類の量はっ!」
いつもより多いことは領地の差、権限の差もあって百も承知よ?でもね……さすがに書類の山が減らないなんて思いもしなかったわ。
風と稟が、南陽は地獄なんですよー、あれは拷問ですね、洗脳かもですねー、新たな宗教の可能性も……と言っていた時には半信半疑だったけど、その片鱗を今体験しているわ。
それにしても……この書式……読みやすいわね。
いらない情報を切り捨て、必要なものだけ残すなんて単純なことに気づかないなんて……美羽に劣っているみたいで気に入らないわね……でも私のところでも使わせてもらうわ。
「その余計な情報を省いてこの量……美羽は私に恨みでも……結構ありそうね」
しかも軽食、飲み物、仮眠用寝台、簡易厠まで用意されているなんて……私は確信した。ここは牢獄ね。間違いないわ。
「女官の話では風も稟も同じような目にあってると言ってた——」
そんなことを考えていると扉が叩かれる音が聞こえた。
今日になってもう何度目の望まぬ尋ね人か……既に数えるのはやめた。無駄だもの。
「曹操様、お食事——」
あら、もうそんな時間なのね。
日が沈んだことを感じさせないほどの明かりを用意されていて気づかなかったわ。
いったいどれだけの油を使っているのかしら、とても私の財力では無理ね。それ以前にこんな無駄なことはしないけれど。
そういえば以前、風達から南陽の政庁は眠らぬ政庁と呼ばれていると言っていたけど、もしかしてこの明かりは深夜になってもそのままなの——
「と新たな書類をお持ちしました」
「そう……私としては蜂蜜臭い美しい羽をそろそろ切り落とす頃合いだと私は思うのよ。貴女はどう思う?」
うおぉ、背中がゾクゾクしたのじゃ!!この感じ……シャア……いや、華琳ちゃんか!
「曹操さんや程昱さん達が頑張ってくれいますねー。おかげで今日は五時間ぐらいはゆっくり眠れますよ」
「うむ、こんなことならとっとと華琳ちゃんをこちらに引き込んでおくんじゃったな」
「駄目ですよー、それだと袁紹さん達の食糧に余裕があるまま戦うことになっちゃいますからいらない被害が大きくなっちゃいます。それに……」
「それに?」
「投石機の活躍する時間が短くなっちゃいます!」
……そういえば七乃は何をそんなに気に入っておるのか知らんが投石機には随分と熱を入れておったのぉ。
あの無駄に入れた熱のおかげで防衛が楽になっておるからいいんじゃが、これが吾以外じゃと絶対資金が保たなかったじゃろうなぁ。研究費だけで蔵を十は費やしたからのぉ。
ただ、そのおかげで投石機の投射角度の変更、風の影響は受けるものの角度と飛距離を計測し、それを基に作った照準器、これらを安定させるための精度の高い製造方法などが確立されたのじゃ。
わ、吾は理数系ではないから放物運動の計算なんぞできんのじゃ。それに放物運動は空気抵抗がないことが前提……だったはずじゃ……多分……のじゃ。
「それにしても曹操さんや程昱さん達は本当に優秀ですねー。でも良かったんですか?色々と見せちゃってますけど」
「んー、問題ないと思うぞ。肝心な部分は省いておるのはもちろんじゃが、本気で隠すことをしておらんことぐらいなら華琳ちゃん相手に隠し通すことは難しかろうよ」
「言われてみればそうですねー。むしろ任せられる仕事が増えてお得ですね。さすがお嬢様!徹夜の女王!完徹の働き蜂!」
「ふははは、もっと褒め……いや、それはマジで止めてたも、さすがにこれ以上は死んでしまうのじゃ」
吾のライフはもう0なのじゃ。
そういえば気持ち悪い化粧を落としておくとするか……それにしてもこの化粧に関しても驚くことが多々ある。
まさか化粧に水銀が入っておったとは思いもせんかった。それを知った時は暗殺が目的か?!と思ったものじゃが、七乃や魯粛なども一緒に聞いておったのに無反応だったことで冷静さを取り戻すことができたのじゃ。
つまり、高級化粧品には普通に水銀が使われておるのじゃ……というか、高級である理由が水銀だという笑えない真実が発覚したのじゃ。
速攻で水銀を日用品、料理などへの仕様を禁じて、販売する商人達を吸収して商会の傘下へと加えたのじゃ。
聞いてみると始皇帝が不老不死を求め、手に入れたのが水銀であり、それを飲んだとか馬鹿な話しがあるそうで一部では未だにそれが信じられておるらしい……いやいや、不老不死になれんかったから今の中華があるんじゃろうが……ああ、もしかして水銀のせいで死体が腐らなかったのかや?だからそのような迷信が生まれたのかのぉ。
まぁ信じたいやつは信じておればいいが、吾の知らぬ間に摂取させられるなどということは無いようにきっちり管理せねばならぬのじゃ。
「お嬢様……本当に大丈夫ですか?可愛いお顔が一割失われています」
「ふっ、この程度のこと、万能薬である蜂蜜で治るのじゃ。心配するでない」
しかし、吾を信頼して心配をあまりしない七乃が本気で心配してくるとは、よほど顔色が悪いのじゃな。
これは本格的にやばいかもしれん。
全く、この程度でガタが来るとは軟弱な身体め、七乃や魯粛、紀霊のような丈夫な身体が欲しいのぉ。吾の身体は多少体力がついても筋肉はなかなかつかんからなぁ。
「今日はゆっくり寝るとするかの」
「それがいいと思いますよ。ついでに私が添い寝してあげます」
「ふむ、七乃は今日の仕事はもう終わっておるのか?」
「え、あ、はい」
「そうか……うむ、吾の抱き枕ににゃることを許しゅ」
「……もしかしてお嬢様、既に寝ぼけてます?」
吾は寝ぼけてなどおらにゅ!
とっとと寝るのら!
「はい!喜んで!あ、でもその前にお風呂に……」
「気にするな。吾は気にせん」
「え、でもちょっと汗が——あ、ちょっ、お嬢様が男らしい過ぎ——ああ、そこは駄目ですぅ」