第百五十四話
……んん??
ああ、いつの間にか眠っておったようじゃな。
しかし、なんじゃ?目を開けておるのに真っ暗なままじゃ……それにとても柔らかいぞ。しかもいい匂いがするのぉ。更に言うと暖かいのじゃ。
と言うかもしかしなくても誰かに抱きついておるのか吾?!
慌てて身体を起こすとそこには……七乃?!貞操は大丈夫か?!主に吾の!!
……うむ、服装が記憶にある頃と変わらんし、七乃も服を着ておるからおそらく大丈夫じゃろう。
全く、七乃には困ったものじゃな。まさか吾の抱きまくらとして紛れ込んでくるとは、やっていいことと悪いことがあるぞ。
「七乃、七乃、起きるのじゃ」
「只今眠っております。起こしたければ接吻をどうぞ」
なぜ留守番電話みたいな言い方になっておるんじゃ。留守番電話なぞ知らんはずじゃろ。
「七乃、七乃、起きるのじゃ。起きねば仕事を増やすぞ」
「……」
むぅ、まさかこれでも起きんとは……そこまでしてネタを引っ張る……いや、本気なのかや?まさかのぉ。
しかし、吾の口吻はそんなに安いものではないぞ。
ふむ……ならば。
耳元にまで顔を近づけ、そして——
「七乃、臭っておるぞ」
「なあっ?!」
よし、計画通り跳ね起きたぞ。
「おおおおおおおおおおお嬢様っ!!世の中には言って良いことと悪いことがあるんでよ!」
びっくりするぐらい顔を……いや首までも真っ赤になっておるぞ。
「ん?とってもいい匂いじゃぞ」
「っ—————」
「あ、七乃っ!!」
目をぐるぐる回しながら素早く部屋から逃走していったのじゃ。
うむうむ、可愛いやつじゃのぉ。
「貴方……張勲とできていたの?」
「うおぉ?!華琳ちゃん?!なぜここに!!」
「この私を徹夜させておいて愛人と一夜を伴にするなんていい度胸しているわね」
な、なんじゃ、このプレッシャーは?!今まで感じたことがないほどのプレッシャーじゃっ。
などと言っておる場合ではない。華琳ちゃんがめっちゃ怒っとるぞ。蜂蜜をやれば華琳様のお怒りは収まるじゃろうか(錯乱)
「な、なぜあ、愛人なんじゃ?本命かもしれんじゃろ」
いや、自分で言っておいてなんじゃが言うことを間違っておらんか、吾。
「貴方がどう思おうと張勲が正妻になるつもりがないからよ」
え、そうなのかや?
「ふん、まあいいわ。貴方の反応からしてどうせ気づかない内に一緒に寝ていた、とかそのあたりでしょう」
華琳ちゃんが名推理過ぎる件について。
ただ……そうは言っても不機嫌そうな表情が治らんのじゃが……なぜじゃろ?華琳ちゃんだって春秋ちゃん達と遊んでおるじゃろうに。
久しぶりに真っ当な朝食を取りつつ、不機嫌な華琳ちゃんから仕事の進み具合を聞き、華琳ちゃんの有能さに衝撃を受け、程昱と郭嘉、後描写はしておらんが、巻き込んでおるその他モブキャラ達の有能さに脱帽じゃ。
緊急な仕事が入らなければしばらくは徹夜をせず、睡眠時間も五時間は確保できそうな仕上がりじゃ。
「これは華琳ちゃんに足を向けて寝られないのぉ」
「これを気に奉(たてまつ)りなさい」
「ははぁ」
「へ、陛下がしなくていいのです!」
帝、ナイスボケじゃ……もっとも帝の表情はものすごく真剣であったがな。
吾はもちろんのこと、帝にとっても死活問題じゃからこうなっても不思議ではないが……これでは帝の威厳なんぞ欠片もないのぉ。
「せっかくじゃから華琳ちゃんの廟でも作るってみるか、無病息災にご利益がありそうじゃ」
「それはここだけよ。それに私はまだ生きてるわ!」
「……真剣に検討してみるか」
「陛下、お戯れを!」
もっとも、華琳ちゃんの廟では恋愛関係は全滅しそうじゃけどなぁ。百合百合的な意味でも史実的な意味でも。
それからしばらく帝と共に華琳ちゃんを弄って遊び、そろそろ本気で爆発しそうであったから解散した……と言っても帝が別室で仕事に離れただけじゃが。
「それで益州はどうなっているの」
「む、華琳ちゃんはあちらも気にしておるのか?」
「私は目先だけを視ているわけではないわ。劉備は私が認めた人物の一人よ」
(それに美羽がどれだけ把握しているかも気になる)
「ふむ、少し待つのじゃ。おそらく最新の報告書が届いておるはずじゃ」
いくつか書類を除けて探ってみたところ、やはり届いておったな。
内容は……
「劉璋軍が軍を分けることになったようじゃな。それに際して戦線ももっと戦いやすい場所まで後退させるようじゃ」
「そんな話が出ているというのは聞いていたけど……勝つ気があるのかしら」
「全くじゃな」
軍略に関してはあまり知らぬ吾でもこれが下策であることはわかるのじゃ。
「例え後方が信じられなくても寡兵であるのだから兵は集中すべきでしょうに」
「それに劉備を自領に踏み込ませるなど愚の骨頂じゃな」
敵地を侵攻すればするほど兵士が増える可能性が高いという情報は劉璋軍に渡したのじゃがなぁ。
信用しなかったのか、それとも例え増えたとしてもどうにかできるほどの地の利を得られるのか……他の場所ならともかく益州ならありえぬでもないか。
「ただ、南から攻めておる孫策達が順調であるのも確かじゃがな」
劉璋軍も寝返るばかりではなく、抵抗する者達もおるのじゃが、まとめ役が不在なようで連携が上手くいかず、各々が籠城したり野戦したりして各個撃破されておるような状態じゃ。
野戦に関してはさすがは孫策達、一騎当千の働きを見せ、そして孫策達に寝返った者達も後戻りができないと奮闘しており、思った以上に有利な戦闘を繰り広げておるようじゃな。
(美羽の耳は予想以上に良いみたいね。注意しておかないと)