第百五十八話
しばらく書類を片付けておったら人や馬などの音ではなく、重々しい車輪の音が聞こえてきた。
「投石器部隊が来たか」
投石機は簡易型は現地組み立てを行うが、標準型はそのまま牽引していかなくてはならんため牛さんが引っ張っておる。ご苦労なことじゃ。
ちなみになぜ馬ではなく牛かというと馬ほど速度は出んがスタミナがあり、大柄であるため投石機が破壊されるなどした場合には食糧になるということで採用したのじゃ。
「しかし、なかなかの威圧感じゃな」
「ですです!この迫力のために私自ら手間暇を掛けたんですから!」
それはわかるんじゃが……投石機に無駄な彫刻を刻むのはどうなんじゃ?しかもその彫刻は紀霊や魯粛、関羽、文聘などの将達が猛々しく勇ましい姿を見せておる。
……これ、間接的にじゃが敗戦した時の落ち武者狩りの効率を上げることにならんじゃろうか?まぁ知名度の向上にはなるじゃろうがな。
「ところで、なぜ吾の彫刻はないのじゃ?別に欲しいわけではないのじゃが」
「お嬢様のあられもない姿を散々私達を苦しめている愚民達に見せる必要などないんですよー」
いや、吾等が苦しんでおるのはある意味では自業自得なんじゃが……というか既にあるのか?!しかもあられもない姿って彫刻の吾はどんな姿をしておるんじゃ?!
そういえば七乃のものもないぞ。
「私の身体はお嬢様のものですから無意味に誰かに見せるなんて……はしたないです!」
「そうかそうか可愛い奴め、撫でてしんぜよう」
「手が止まりますから後でお願いします」
「あ、はい」
いや、この流れでいきなりマジレスするのはやめてほしいのじゃが——ん?そういえば一部の将の彫刻がないぞ。具体的には孫権や文聘じゃな。
「一応黙って創ると怒られそうですから本人の許可を頂いて作ってますからね」(書類の中にちょこっと小さな文字で書いてあったんですけど目ざとく気づいた人達の分は作れなかったんですよね。まぁそれでも紀霊さんに随分お説教されましたけど)
「ふむ、七乃にしては珍しく慎重に動いたのじゃな」
「お嬢様ったら失礼ですねー。私はいつも慎重に動きますよー」
絶対嘘じゃ。
仕事に関してはかなり慎重であるのに悪戯などを行う場合はかなり杜撰なことが多いじゃろ。まぁ悪戯と怒られることが1セットだと思っておる節があるからわざとなんじゃろうが。
「でも良かったんですか?あの投石機は機密度が高いですよ?曹操さんにあんなものを見せては利用されませんか?」
「仕方なかろう。七乃があんな露骨に隠すのが悪いのじゃ」
「そんな……だって私の投石機ですよ?!五機も用意してあげただけでも感謝して欲しいぐらいです!」
なぜ七乃は投石機をそれほど……これだけは付き合いが長く、一番理解しておる吾でもさっぱり分からぬ。
それはともかく、吾が改めて用意したのは投石機千五百台……は多すぎて華琳ちゃんに却下されたので八百台を用意した。もっともこれでも多いと文句を言っておったが色々屁理屈と言う名の理屈を並べて説き伏せたのじゃ。
そもそもあんな馬鹿みたいに作るのに金が掛かる……しかも維持費にも相応に必要な投石機をただの州牧が量産なんぞできるわけもないし、製造できても一台や二台……いや、十台程度でも問題ない。
ちなみに投石機の製造には水車を使っておるから多少はコストを下げておるが、全て人力でやるというのはかなり無謀じゃな。資金的な意味で。
<覇王さま>
「なんだか複雑な心境ね」
美羽が祭りが好きなのは知っていたからこの程度のことは予想ができた。でも本当はこの光景は私自身で作り上げて実現するつもりだった。
それなのに私は美羽に仕立てられ、この場に立っている。
観客達は私を通して美羽を……袁術を、帝を視ている。それがたまらなく悔しい。
ただ、この今の私では……私達では実現できない軍を率いることが嬉しく思ってしまっているということが素直な感情にさせてくれない。
借り物の兵士、借り物の武具、借り物の兵糧、ただ……間違いなくこれを率いているのは私達なのだ。
「満足しているわけではないわ。でも——」
将として、率いる者として、これを嬉しく思わないわけがない。
「そして——」
やはり悔しい。
この軍を……いえ、この軍を上回る軍を、私がこの手で作ってみせる。
だから——
「今は貴方の手を借りるわ。もちろん返すわよ?ただ、貸したことを後悔させてあげるわ」
姿が見えないが、たしかにそこにいる美羽に向かって告げた。
もちろん聞こえるはずがない、はずがないが——
———ハッハッハッハ、吾が好きでやっておることで後悔なんてするわけなかろう。後悔するのは華琳ちゃんの方ぞ!!
なぜかしら、聞こえていないのにはっきりと声が聞こえた気がするわ。
それに……とても嫌な予感がする。私が……この私が美羽を恐れているというの?まさか。