第百五十九話
曹操が袁術の傘下に入った(外から見れば)ことは主要な勢力に反袁術連合の討伐軍が出撃したこととともに知れ渡った。
それを知った中で一番衝撃を受けていたのは——
「むきぃーーー!!なぜ華琳さんがあのおチビさんのところに?!」
袁紹である。
曹操は反袁術連合に加わり、南の袁術軍を抑えていたということになっていた。少なくとも反袁術連合内では。
それが突然、裏切られた連合内の動揺は激しかった。
「絶対最初から裏で繋がってたんだぜ」
「そんなこと言ってる場合じゃないよ!早く手を打たないと……いえ、撤退すべきです」
文醜の無責任な発言に顔良が諌め、思考を巡らし、出した結論は撤退だった。
しかし、それに待ったを掛ける存在が居た。
「なりませんわ!」
袁紹である。
袁術と曹操と袁紹、これらは小さい頃から競い合ってきた(と袁紹は思っている)仲である。
そんな相手に逃げることなど……少なくとも戦わずして逃げることなどできるはずもない。
「しかしこのままでは兵糧が持ちません!」
いつもの顔良なら一当てぐらい構わない、などという甘さが出るだろう。
しかし、今の戦況は良く言えば膠着、悪く言えば打つ手がない状態であり、それが保てているのは汜水関にて徹底した籠城を敢行しているからである。
そして、この籠城戦は双方とも兵糧攻め仕掛けているに等しく、経済力と領地との距離と諜報員や工作員の差によって不利なのは間違いなく連合側なのだ。
そんな状態で更に戦力の差が縮まる、もしくは逆転されるようなことになるのだから戦うという選択肢は愚策だ。
しかし、曹操や袁術と張り合っていただけのことはあり、その程度のことは袁紹自身もわかっている。
「だからこそ決戦を行うしか無いのです。ここで退いては私の名は地に落ち、連合は瓦解してしまいますわ。そうなれば私達は個別におチビさん達と戦うことになり——」
「勝ち目はなくなる」
「ですわ」
そう、反袁術連合は既に逆賊とされているのだ。一度退いてしまえば後は負けるしか無いのだ。
逆賊となれば一蓮托生となりそうなものだが、まず間違いなく調略されることとなる。それも一族郎党皆殺しか当主の首の違い程度しかない取引であっても家名が残せるならばと寝返る者は現れるだろう。
そうなれば疑心暗鬼によって瓦解する道しか残されていない。
「……わか、りました。田豊さんと沮授さんに知恵を……いえ、どちらかをこちらに派遣できないか問い合わせます」
「よろしくってよ。……みてなさい、おチビさんが集まっても所詮おチビさんであることを思い知らせてあげますわ!オーホッホッホッホ」
しかし、田豊達が訪れることは叶わなかった。
それは伝令が討たれた、寝返ったなどではなく、公孫賛達が烏桓の撃破し続け、とうとう大将を捕縛、その解放を条件に和睦する。
公孫賛達がフリーハンドとなり、軍を南下する動きを見せたため袁紹の本拠地冀州から田豊、沮授は動くことができなくなったのである。
「いやー、助かったよ蒲公英。でもまさか落とし穴がこんなに役に立つなんて思わなかったぞ」
「白蓮にそう言われると蒲公英も頑張ったかいがあったよ」
お互いが真名を預け合うほどの仲となった二人。
これは公孫賛が周りが輝きすぎて目立たないことと馬騰という豪傑の母とそれを受け継ぐ馬超という目立つ存在の影にいる馬岱の波長があった結果である。
そして自分の策が和睦の切っ掛けとなったことで自身の家族が助かるかもしれないという希望が生まれたことで馬岱は希望ができたことが嬉しく、そして希望が生まれたことで不安も増々と複雑な心境となっている。
「大丈夫だ。しっかり蒲公英の戦果は袁術に伝える。だから安心しろ」
そのことを知る公孫賛は蒲公英に言う。
もちろん口だけではなく、それを行う意思は公孫賛はある。それが例え袁術を敵に回しても、と思えるほどの覚悟が。
「白蓮……ありがとう」
場所は移り、袁紹に次いで衝撃を受けた陣営があった。
「……一つの可能性として考えていましたが、曹操さんが袁術さんと組んでいるというのは最悪な展開です」
「私達も予定を早めないと」
それは劉備軍である。そして話をしているのは盛大に計画を狂わされた諸葛亮孔明、鳳統士元の二人だ。
この二人は袁術と反袁術連合の戦いはよほどの何かがない限り袁術が勝つことはわかっていた。
わかってはいたが、まだしばらくは決着がつかないだろうと考えていたのだ。
しかしそれはたやすく崩された。
大軍同士が正面からぶつかり、短期間で決着がつく。それは二人にとって確定事項だった。連合にとって退くことも戦い続けて長期化させることもできないことを把握しているのである。
そして袁術が連合を破ってしまえば後は戦後処理のみとなり、それが終わってしまえば自分達の戦いに介入してくるのは間違いないからだ。