第百六十一話
討伐軍が洛陽を出発して十五日、ついに袁紹との対決の地へと…………到着していない。
それどころかまだ汜水関にいる。
一応最長二十日掛ける予定ではあるのだが、それは何か不測の事態が起こった時の話であり、順調に行程を消化していたなら行軍速度が遅い討伐軍でも既に決戦の地に到着している頃である。
ならば、何か不測の事態があったのか?
あったと言えばあった、無いと言えば無い。
それは汜水関に到着した日、あってはいけない再会があった。
「関羽っ!!」(ここで会ったが百年目的な歓喜)
「曹操様?!」(ストーカーとばったり遭遇)
「げぇ?!関羽?!」(デート中に恋敵が目の前に現れた)
「ハァ……」(姉と共感できるが、それ以上に何より面倒なことになりそうだと憂鬱)
そう、汜水関を守護する関羽と討伐軍を率いる曹操の再会である。
これはハッキリ言って袁術の失態であった。曹操が関羽に執着していることは史実、原作、この世界でも黄巾の乱で関羽の尻を追いかけていたことを知っているのだから少しぐらい配慮すべきだっただろう。
もっとも行軍に影響するほどに関羽に夢中だとは思わなかったのもわからなくはないが。
「久しぶりね。随分と活躍したと聞いたわ。美羽の危機を助けたそうね」
「いえ、それほどではありません」
関羽は口に出さなかったが、自身が劉備の手伝いなど行かずに袁術の側にいたならあのようなことにならずに済んだのではないかという思いは未だにある。
巷では英雄譚のように語られていることを関羽は知っていたが、それはあまり気持ちいいものではない。だからといって否定するつもりもない。それは一種の戒めとして残すつもりだからだ。
そして普段の曹操ならば関羽の様子から察することができたはずだが、久しぶりの愛しい人(一方的に)とあったことで舞い上がっている状態であるため気づかなかった。
「是非今夜にでもその話を聞きたいわ。二人きりでじっくりと」
明らかに話だけでは終わらないものを含ませながら誘うそれは夏侯姉妹なら間違いなく必殺の殺し文句だ。しかし相手は袁術の主だった面子の中で最硬度を誇る頑固さを持つ関羽雲長が相手である。
「あれは私としてはあまり誇れるものではないので話したくはありません」
「そうなの」
ここに来て曹操は関羽の心情を察したようで今までの勢いが衰えた。だからといって獲物を狙うような瞳に変化はないのだが。
ちなみにお偉いさん同士が語る内容に興味を持って見ていた周りの兵士達は、あっ、これは関わっちゃいけないやつだ。もしくは、ああ、いつもの発作か、と悟って野次馬を止め、仕事に戻っていった。
そして夏侯惇は鬼の形相を浮かべ、それを見て夏侯淵は姉の可愛さに悶え、誰一人として収拾に動こうとしなかった。
ちなみに荀彧と郭嘉は兵站の管理と袁術から渡された山のような袁紹軍の情報(冀州のデータも含む)を頭に叩き込み、戦略、戦術、政略を練っているためこの場にはいない。
まぁ荀彧がいたなら事態はもっとややこしいことになっていたのは間違いない。事実としてこの後、関羽の存在を認めた時には修羅場となるだが今は割愛する。
「関羽!貴様は華琳様の誘いを断るというのか!」
「失礼なことだとは思うが、そもそも夜に二人きりの必要性はない」
「それはそうだな」
一触即発の事態かと思われたが関羽の言葉にあっさり丸め込まれた夏侯惇であった。その姿を見てまた夏侯淵は姉者可愛いと一段と悶える。
そして一番面白くなさそうにしているのはもちろん断られた曹操である。
「しかし、華琳様の誘いを断ったのは事実!成敗してくれる!」
それを無意味に優秀な野生の勘で察した夏侯惇は落ち着きかけた怒りの炎を再び燃やし始める。
「それはいい。この前いい仕合ができたからな。是非手合わせ願おう」
天然なのかわざとなのか、関羽は夏侯惇の嫉妬による制裁を仕合と受け取り、乗り気になる。
この前の仕合というのはもちろん張遼との仕合のことであり、その戦いで自身が更に一皮剥けたと実感できた関羽は張遼とはまた違った武を持つ夏侯惇に興味があった。
そしてそれでまた自身が強くなれるのではないかと期待している。
そして嫉妬の炎で燃え上がっていた夏侯惇は、関羽の放つ闘気に当てられ、嫉妬から闘争の炎へと切り替わり、曹操とは違った意味での獲物を狙う瞳に変わる。
基本的には曹操一筋ではあるのだが脳筋であり、バトルジャンキーである夏侯惇はすぐに目の前の戦いに思考が奪われる。
「そうだ。春蘭があったなら夜は私と一緒に——」
「謹んでお断り致します」
「つれないわね」