第百六十二話
曹操が関羽に現(うつつ)を抜かしている間に益州の戦いに進展があった。
劉備軍と劉璋軍の雌雄を決する戦いである。
「悪政によって民を苦しめる暗愚劉璋を討ち、争いのない、皆笑顔でいられる国を、皆で創りましょう!」
「「「おおーーーー!!」」」
劉備軍の士気は、自分自身も争いの素であることを堂々と棚に上げしているにも関わらず高い。
まぁ劉備に洗脳……躾された兵士達ならおかしくもないが、一番の要因は兵糧が改善されたからである。
なぜ兵糧の問題が解消されたのか?それは……もちろん袁術によるものだ。
袁術は勝敗が確定したと思った段階でこれ以上は意味がないと多少でも稼げればと思って買い占めと荷留を解禁して食糧の相場を下げることにしたのだ。
相場を下げたと表現したが、それでも平時よりは高いので諸葛亮達からすると勝利が確定している以上、あまり売れないだろうとは思っていた袁術だが、その予想を反する勢いで食糧を買い占められた。
それは劉備の人徳が悪い方向に働いてしまった結果といえる。
今まで満足に食事をさせてあげられなかった兵士さんにお腹いっぱいにしてあげたいという方針を劉備が打ち出した。
諸葛亮達はそれは難しいと話、説得したのだが、結局折れてしまい、無駄に出費が多くなってしまった。
しかし、悪いことばかりではない。言った通り、劉備の器を魅せ、腹が満たされた兵士達の士気はまさしく狂信者であり、多少の練度の違いは思いで埋めるであろう勢いだ。
「我らの未来はこの一戦に掛かっておる!厳しい戦いになるであろうが皆の者!!奮闘せよ!!」
「「「おう!」」」
対して劉璋軍は厳顔が演説し、士気をあげる。
元々勝利続きであった劉璋軍は練度も士気も高かった。だが、後方を荒らされ、共に戦う味方を割いてしまい、いい加減寡兵であるのに更に数が減って兵力差がついてしまった。
これではいくら訓練された兵士であっても士気の低下してしまうことは仕方ないことだが、そこは厳顔と黄忠という優れた将と今まで自分達が益州を守ってきたという自負が敵前逃亡を阻止していた。
「前進じゃ!」
まず動いたのは劉璋軍の厳顔と副官の魏延が率いる二万であった。
寡兵である以上、守りに入りたいのが人情で、戦うことを前提とした場合の戦術としても間違いではない。
しかし、あくまで戦うための……戦いを長引かせる戦術であり、勝つための戦術としては守りに入っていては最終的には数の暴力で押し切られるのは目に見えている。
だからこその前進だ。
数が少ないからこそ少しでも有利になるような場所や相手を得ようとしてのことだ。
それに劉備軍は特に何か策を用いることなく、正面から趙雲と蒋苑が三万五千で迎え撃ち、後方に馬謖五千、周倉五千が追走する。
両軍が接触すると今まで行われていた益州での戦いの中で一番激しい衝突となった。
お互いの兵士が止まらず、相手の兵士を轢き殺すために前へ前へと進む。
その圧力は数に勝る劉備軍が……負けていた。
後がない劉璋軍は始まりこそ士気が低かったが、いざ戦となってからは不退転の決意を持って半ば死兵と化し、後に期待を持っている劉備軍は士気こそ高いが何処か浮足立っていることが原因であった。
しかし、やはり戦争は数である。
後方に付いていた馬謖と周倉の部隊が趙雲の部隊を両脇から追い越して厳顔を半包囲せんと動く。
その半包囲を阻止せんと黄忠が率いる一万で馬謖の部隊に牽制して足を止めせ、厳顔は少し軍を後退させて半包囲を阻止するが、結果的には軍の勢いを殺されることとなってしまった。
周倉の部隊はまるで最初から予定されていたかのように趙雲の部隊と合流し、馬謖は黄忠を牽制する。