第百六十三話
戦場でこの時代にはあるまじき轟音が鳴り響く。
「おおぉ、これは凄い威力じゃな。改造してもらったかいがあったというものじゃ」
それの発生源は『酔』と書かれた丸い肩当てを付けた妙齢の女性……厳顔の豪天砲である。
豪天砲(パイルバンカー、厳密にはネイルガン)から放たれた杭は構えていた盾と四人もの兵士の鎧を貫いた上に五人目の兵士の鎧を貫き、胴の半ばまで突き刺さってようやく止まるほどの威力を秘めている。
この豪天砲は本人が言っているように決戦を前に改造するようにある商会に頼んだのだ。
本来なら決戦を前に使い慣れた武器を改造するなど不具合などの心配もあってすることはないのだが、厳顔は全力を出し切っても戦いに勝つのは難しいと思い、全力以上を求める思いが改造に走らせた。
ちなみにその改造を請け負った商会というのはもちろん袁術の商会であり、そして豪天砲の改造したのはあえて言うまでもないだろうが李典である。
元の無改造状態の豪天砲は盾と鎧を貫いた場合二人程度しか貫けなかったのだが、李典の魔改造は留まるところを知らない。もっとも本人としてはまだまだ改良の余地ありという代物であるが。
そしてそのパイルバンカーが発する轟音は劉備兵にとって初めて聞く音であり、しかもいつの間にか恐ろしく太い杭が刺さった味方を貫いているその光景は妖術かなにかを使っているようにしか見えず、前線に混乱をもたらした。
とはいえ、そう簡単に劉璋軍のペースになるわけではない。
「厳顔様!」
劉備兵を殴り倒しながら魏延が厳顔に何かを伝えるように叫ぶ。
その意味を汲み取った厳顔は素早く魏延が見る方向を確認すると見覚えがない部隊が向かってきているのが目に入ってきた。
その数は二万、率いるのは張飛とおまけの廖化である。
張飛の部隊は最初から別の場所に伏せていた。
決戦である以上、兵の出し惜しみはしない……しないのだが、劉備軍はその武装の貧弱さと練度の低さは負けこそしないだろうがやはり数で勝って尚厳しく、かなりの被害が出るのは誰もが理解していた。
であるから少しでもマシになるように考えた。当然諸葛亮や鳳統が。
兵数頼みの正面衝突では被害が大きくなる。それならばと——
「桔梗!」
続いて聞こえたのは離れているにも関わらず、なぜかはっきりと、そして緊張で日頃より随分と硬くなっている黄忠の声だ。
厳顔がそちらを向くと、馬良が率いる同じ規模の部隊が迫ってきているのを確認した。
これで正面には周倉と合流した趙雲の部隊四万、黄忠と相対している馬謖の五千、厳顔の部隊の横合いから張飛の二万、黄忠の横合いから馬良の二万、合計八万五千の軍勢が襲いかかる。これは初動で見せた半包囲が不意を打つ形で実行されているのだ。もっとも不意と言うには二万という規模ではすぐ捕捉できるため正しい表現かどうかは微妙だが。
しかし、不意であろうがなかろうが、厳顔達は対処をしなくてはならない。たった三万の軍勢で。
「……」
さすがにこの戦力差で勝てるとは戦う前から厳顔も思えなかった。思えなかったが勝てないからと降伏するのは忠義に反する。
だからこそ負けることが半ばわかっていた戦いであったがここにいる。
しかし、改めて戦場でその数の圧力を受けると多少怖じ気も生まれるというものだ。
だが、怖じ気を上回る闘争心が生まれるのもまた将が将たる所以である。
「焔耶!!ゆくぞ!」
「はい!どこまでも!」
何も理解していないだろう脳筋らしい返事であるが、今はそれが心強く、正しい。
この戦局で多少頭を働かせることができる者は間違いなく躊躇する。そしてその躊躇は兵士に伝わり、判断を見誤り、戦いに悪影響を及ぼす。
厳顔と魏延は今まで先頭を切って戦っていた。それを更に加速させる。そしてそれに負けじと兵士も突き進む。
厳顔の打った手は……相手に有利な状態で包囲されるぐらいなら相手を崩して包囲される方がマシ、突撃あるのみ。という脳筋のようなものだった。
ただし、それはある種仕方ないものであった。
勢いが殺され、更に横からの攻撃、しかも大軍の包囲とくればあまり選択肢はない。
そして黄忠もそれを支援するように馬謖への圧力を強めつつも厳顔達と合流すべく動く。