第百六十五話
厳顔達の突撃は一時的な打開に過ぎず、すぐに陰りを見せる。
それは突撃の勢いは厳顔や魏延によって生み出されているものである。それは劉備軍も理解し——
「厳顔殿!一手お相手願おう!」
そう言って先頭を駆ける厳顔に斬りかかったのは趙雲子龍である。
厳顔は舌打ちを一つして仕方なくそれを受けて立つ。受けて立たねば自分達が行っているように趙雲が先頭に立ち、突撃されて軍が裂かれる可能性があるからだ。
そしてそうなってしまえば乱戦となり、消耗戦となる。それは兵士の数に差がある以上は望むはずもなく、仕方なくかなりの手練であることがわかる趙雲と一騎打ちを受けざるを得ない形となった。
それに自身が討たれる可能性もあるが趙雲を討つ可能性も生まれたのも事実である。袁術の裏商会から趙雲は劉備軍の軍部の中枢であることは知らされている。
そんな趙雲を討ち取ることができたなら戦況は逆転する可能性が高くなる……もっとも討った後に負けてしまった場合、いくら劉備がお人よしであっても降伏が認められるか疑問ではあるが。
「くっ、小娘がやるではないか」
一騎打ちは厳顔が押されていた。
それは技術の違いもあるが、決定的に相性が悪かった。
豪天砲はパイルバンカーというカラクリを持つ反面、純粋な近接武器と見た場合は通常の武器より重く、しかも相手は劉備軍きっての武術家である。(張飛は武術家と言うより喧嘩屋、つまり力重視)
厳顔の攻撃は見切られ、趙雲の攻撃には翻弄される。
(だからと言って焔耶で勝てるとは思えんし、紫苑にやらせるわけにもいかん)
自分との相性が悪い、魏延も武術家としては劣り、唯一黄忠は技量的には対等に思えるが秀でているのは弓矢である以上一騎打ちなどさせては一騎打ちに勝てたとしても戦争に負けることになる。
(幸いなのは焔耶の方は順調であることじゃな)
魏延の相手をしているのは蒋苑は将としては優秀だが、武よりも知に優れる者で、統率力に関しては趙雲よりも優れている部分がある。
しかし、問題なのはやはり兵士の練度が低いこと、いくら統率力が優れていると言っても練度が低いとやはり限度があり、その能力を活かしきれていない。
それに対して統率力はそれほどにもないが兵士の練度が高く、統率力が低くてもどうとでもなり、武に優れ、先頭を突き進む魏延の突撃は足を止めてしまった厳顔を追い抜くことで趙雲の率いる兵士達もそれに対応せねばならなくなり、間接的に厳顔を支援する形となる。
しかし、このまま厳顔が足止めされていては魏延が優位であっても負けは確定となる。
(せめて張任が居てくれたらのぉ)
劉璋軍の中で厳顔、黄忠に並ぶ将の一人、張任がこの場に居たなら兵数が変わらなくとも戦局は変わっていただろう。
そんな余計な思考が過ぎった瞬間——
「隙有り!」
反応が鈍った厳顔を見過ごさず、鋭い一撃が放たれる。
それを辛くも受け止めるが、一度不利な体勢に陥ってしまうと趙雲ほどの技量では詰将棋のようなものであり、そして四度目に放たれた突きはとうとう首に届く。
「では約定通り、降伏してくださるかな?これ以上は無用な殺生でござろう?」
趙雲の槍は触れるか触れないかわからないほどの寸止めされていた。
「……わかった。約束は違えん。しかし、おぬしらも違えることなきよう願う」
「うむ、そもそも桃香様がそのようなことをされるわけがござらぬがな」
それはどうだろう、と厳顔は思う。
厳顔は自身の降伏に条件を付けていた。
それは益州の民を無碍にしないこと、降伏した、する劉璋軍の将に寛大な処置というものである。
趙雲にとっては劉備がそんなことをするわけがないと思っているが厳顔は侵略された側であるのだから信用できないのは当然である。