第百六十六話
3 思った以上に益州の未来を掛けた戦いは簡単に結末を迎えたようじゃな。
まず厳顔が趙雲に破れて降伏、それでもなお戦い続けておった魏延が張飛と戦い、呆気なく破れ、黄忠は奮闘していたようじゃが魏延が敗れると共に無駄な死者が出ないように早々に降伏したのじゃ。
結局は奇策なども用いられず、正攻法での戦いとなったのぉ。
まぁ劉備軍は数に勝っておるから諸葛亮が好きそうな正攻法で良かったんじゃろうな。
劉璋軍に関しては……戦う気はあっても勝つ気がなかった、といったところか。
おそらくじゃが、厳顔達と交わした約定は奇策を持ち要らせないための布石でもあったのじゃろう。
結局のところ、魏延はわからんが黄忠も厳顔も地方豪族なのじゃな。今回の戦いは自分を納得させるために戦っただけであり、根底では勝つつもりがなかったのじゃ。
忠義の臣ではなく、自分達に利をもたらす者に屈する豪族なのじゃ。
このようなことを本人達が聞いたら激怒するじゃろうが、事実として主に殉ずること無く、降伏してしもうておるからのぉ。
忠臣というのは吾が生きておる間に……いや、吾が死んだとしても七乃や紀霊、魯粛は吾を裏切ることはない、こういう者達を忠臣というのじゃ。
孫権は……まだわからんなぁ。それなりに慕ってくれておるとは思うし、律儀者であるから裏切りなどはせんじゃろうが、それ相応の理由があった時にはどうするか読めぬがな。
それとも——
「劉備の洗脳が忠臣を寝返らせるだけの効果を発揮しておるということかのぉ」
忠臣すらも……しかも黄忠や厳顔と言った名将をも寝返らせる洗脳効果であったならかなりの脅威じゃな。
幸いなのは劉備軍に潜り込ませておる諜報員はほとんど劉備ではなく、諸葛亮や鳳統の周りに付かせておるから影響は少ない……はずじゃ。
一応再度劉備と接触した可能性がある諜報員の調査と管理を徹底するように伝えておくとしよう。ミイラ取りがミイラになっては洒落にならんからの。
さて、決戦に勝利した劉備軍は行く手を阻むものはほぼ存在せず、順調に敵を降しながら侵攻しておる。
無駄な戦いはなるべく控えておるようで降伏は全て受け入れられておるが……後の利権問題で荒れそうじゃなぁ。
吾であったら例え時間がかかってもある程度間引きするのじゃが、まぁ君主が劉備であり、民への損害を嫌う諸葛亮や鳳統だから仕方ない部分はあるのはわかる……しかし、今までも共に戦ってきた者達への報酬はどうする気なんじゃろ?
領主を降すとは領地を安堵する場合がほとんどじゃ。となると手にする領地は少なくなるわけじゃが……金銭で支払うつもりなんじゃろうか?
そしてその金銭はどこから出るのじゃろうか、まさか裏商会から借りようなどと甘い考えではなかろうな。もう既に劉備軍への貸付は益州を問題なく支配でき、無理をしない返済で二十年掛かるんじゃぞ?さすがにこれ以上は無理じゃ。
まさか踏み倒す気でおるんじゃろうか?いくらなんでも風聞が悪すぎるからそれはないと思うが……まぁそんなことをするようじゃったら益州の物資や輸出入品を買い占めしてこちらに引き上げ、干してやるがの。
「……というか華琳ちゃんはいつまで時間を掛けるつもりなんじゃ?」
「ですねー。関羽さんへの熱烈な求愛は別にいいんですけど兵糧もただではないのでそろそろ働いてもらわないと……あ、この停滞は曹操さん一人によるものですから停滞中の兵糧は曹操さんに貸しにすることにしましょう」
「ふむ、さすがにこれ以上は待ってはおれんな。今までの分までは請求などせんが……よし、早速通達するのじゃ」
七乃の言い分はもっともなので採用しておく。これで動かん場合は吾の負担もないので遊びたかったら自由にするがいいぞ。
という通達をしたら華琳ちゃんは早々に動き出したのじゃ。
華琳ちゃんが早々……ゴホン、それはいいんじゃ。それはいいんじゃが……その間に反袁術連合の兵糧が尽きかけておって士気が下がっており、いくらか脱走しておるのも確認しておる。
敵が弱くなるから良いことのように思えるが、脱走した兵士達は故郷に帰るための資金もすべもなく、このままでは賊化してしまうのじゃ。元々逆賊であるから立場的にはあまり変わらんがバラバラになられると面倒なんじゃよなぁ。
今のところ数が少ないので何とか見つけ出し処分しておるが、それもこれ以上になれば戦地の近くであることからそのような行動も難しくなる。
……もしや華琳ちゃんはこれを狙っておったのか?反袁術連合の戦力を削り、吾の手の長さを計ろうとして……あり得るのぉ。
影達が華琳ちゃん達の諜報員と遭遇することが度々あると報告が上がっておるしの。
劉備のところとは違い、華琳ちゃんのところは諜報員をあまり潜り込ませれておらん。審査が厳し過ぎる上に能力も相応以上に求められ、そして女でなくてはならず、しかも貞操の危機もあるので人選に苦労するんじゃよ。
それにそういう関係になった場合寝返りも心配せねばならんしのぉ。