第百六十七話
「あら、久しぶりね。元気だったかしら?」
「裏切っておいてよくも私の前に堂々と現れたましたわね?!」
「失礼ね。陣中見舞いに行っただけで参加するなんて一言も言ってないわよ?」
「屁理屈ですわ!」
「屁理屈も理屈の一つよ」
これが遅れに遅れた袁術・曹操連合(?)vs反袁術連合の開戦時に行われた舌戦である。
大決戦を前になんとも締まらない舌戦だが袁紹軍の士気を上げることはなく、むしろ下げることに成功しているのだが、これは曹操の策略ではなく、天然でしでかしたことである。曹操、恐ろしい子。
ちなみに事前にこのようなやり取りをするのではないかと荀彧が説明しているため自軍の士気は保てている。もっとも若干呆れてはいるが。
一通りじゃれ合い、自然と沈黙が流れる。
そして、曹操が動く。
「これは中華を治めし偉大なる天子様からの勅命である!逆賊を討伐せよ!」
勅命という言葉と覇気を含むその重圧により反袁術連合に動揺が走る。今更ではあるが改めて勅命と告げられれば中華に住まう人間は無意識に萎縮してしまう。
しかし、それに物ともしないバ……大物がいた。
袁紹である。
「不遜にも天子様を担ぎ!蔑ろにし!専横し!世を乱す奸臣袁術公路を華麗に美しく討つべし!」
蔑ろにするというのが仕事による連日徹夜、寝不足、最近は不眠症まで患ってきたことを指すのだったら間違いなく蔑ろにしている。もっとも反袁術連合はこのことを知らないので当てずっぽうに言ったに過ぎないが。
そして世を乱しているのはお前らだろ、という特大なブーメランなのだが仮初であっても大義は大切なのだ。ただし、討つべき袁術はここにはおらず、洛陽で仕事に励んでいるのだが余談だろう。
袁術・曹操連合の陣容は六つの部隊から成り立ち、錐行の陣(上から見るとピラミッドもしくは三角に見える)で、先頭に夏侯淵(と典韋)、二列目に関羽と夏侯惇(と許猪)、三列目に両脇に曹家の身内で固め、真ん中に曹操(と郭嘉)がそれぞれ二万を率い、総勢十二万が布陣する。
それに対する反袁術連合の陣容は、鶴翼の陣(相手を囲むかのように広げる陣)で将の配置は……モブ将が多数いて説明は面倒なので省くが、両翼にそれぞれ三万、最奥に構える袁紹が五万、総勢十一万が布陣する。
今までは烏合の衆ながらも何とか数的有利で圧倒しながらも攻めきれずにいた反袁術連合は一転して数に負け、練度に負け、武装で負け、兵糧で負け、諜報活動にも負け、戦略で負け、戦術で負けている。
既に十分な負けフラグが立ち、少しと時の流れを感じる者ならわからないはずがない。。強いて有利な点を上げるとすれば地理的には五分であることぐらいだろう。
兵数が同数になった段階で曹操はその気と時間があれば反袁術連合は決戦を待たずして瓦解させることができただろう。
では、なぜそれを行わなかったのか、それは単純で、そのような策略で倒してしまえば曹操自身は反袁術連合を裏切ったということだけが残ってしまい、功績もなく終息してしまうことを嫌ってのことだ。
「全軍、前進!!」
「全軍、華麗に美しく前進ですわ!」
両軍は益州での戦いでも見せたように戦術と呼べる動きはなく、全部隊を前進させていく。
反袁術連合は兵糧がないことから短期決戦に賭け、それならば袁術・曹操連合としても相手が総力戦を仕掛けてくるならば戦力の逐次投入は愚策でしかないため、兵数的に多少差があるにしても本当に多少であり、何か策を用いるにしても別働隊を使うなどをすうれば戦力の分散になり、やはり愚策となる。
もっとも益州攻防はあまりに兵数差があったのでもし勝利を掴みたいなら何らかの奇策を用いるべきだったのだ。
ただし、奇策は使わないが——
「また岩だあああ!!」
晴天の空を岩が鳥と並ぶように飛ぶ。
その正体は当然張勲が熱意を込めて作り上げた投石機である。
汜水関を守る投石機よりも数は少ないが、それでも十分に構えを崩すことができる。
そして更に近づくと井闌車から高所より槍に匹敵する矢が多く撃ち出し、反袁術連合の兵士を貫く。
井闌車には攻城兵器用の床連弩と呼ばれる弩を大型化し、連射でなく、連なる、つまり矢を同時発射を可能にしたものが備わっている。
それらの攻撃は本来なら揃えるのも難しい量の物資を袁術の経済力と整備した道路により運用が可能とした。