第十六話
「久しぶりだな。嬢ちゃん」
「おお、久しぶりじゃな」
そう言って現れたのは孫堅じゃ。
ちょいちょい金の無心や返済の延期や利子の減額など来るからのぉ。
……ろくでもない要件が多いな。大体は魯粛が担当しておるから吾は遊び相手をしてあげているだけじゃがな。
最近は孫堅自身も忙しくて来ておらんかったが……
「この時期にここに来たということはおぬしも船舶競争に参加するのかや?」
「ああ、私達も参加させてもらうよ」
「もし優勝するようなことがあればこちらで勝手に差し押さえしますからね」
と、魯粛が水を差す。
孫堅が「私の酒があぁ」と言っておるが気にすまい。
そもそもどれだけ吾らが良心価格にしておると思っておるのじゃ。年利1割ないんじゃぞ?この時代に……善良過ぎるじゃろ。差し押さえするのは当然なのじゃ。
孫堅と共に来ておる黄蓋もorz状態ぶなっておるがそれも気にすまい。
「まぁ、それも勝てればの話じゃがの?」
「聞き捨てならないな。私達が水の上で負けるわけないだろ」
orz状態から立ち直り、いつも通り覇気満々の孫堅がそこには立っておった。
立ち直りの早さはさすがじゃな。
「とは言うてもおぬしの配下におる者達の実家も参加しておるしの」
「なにぃ?!」
そりゃそうじゃろ。袁家以外なら参加自由じゃからな。
自分達が有利な大会で財産が増えるとなれば参加せん理由がなかろうよ。
「特別に見せてやるから確認してみるがいい」
たまたま近くに置いてあった参加者名簿を使用人に渡し、孫堅へ渡る。
「張家、は多過ぎてわからんな……凌家?!……朱家……周家まで?!?!……げ、劉表のところの奴らまでいるのか」
「断る理由はないからの〜。ちなみに劉邦、劉虞の直系までおるがな」
「……それは大会として成立するのか?」
まぁ、危惧しておる点はわかる。
相手は劉家じゃからな。八百長を強要されればそう簡単には断れまい……吾以外ならば、な。
「ふ、吾を誰と思っておる。この袁公路、その程度の障害で遊戯の邪魔などさせぬわ!」
「その程度って」
「コレを見よ!」
「……うえ、まさかの勅命の上に宦官の署名入りだと」
ふはははは、吾に死角はなかったのじゃ!
このために宦官共の頬を金でシバイたのじゃからな。
いやー、宦官共も安いもんじゃな。たかが蔵二つほど空にする程度でいいのじゃからなぁ。
「どうじゃ!魯粛の見事な根回し!」
「さすが魯粛殿じゃ」
黄蓋は感心したように声を上げ、孫堅も頷いて肯定する。
まぁ、ぶっちゃけて言えば魯粛ではなく吾が一つ蔵を袁隗ばあちゃんに渡して話をつけてもらった結果なんじゃがな。
これは権威付けの一環でもあるから魯粛の成果ということにしておるのじゃ。
まだまだ吾が目立つつもりはないのじゃ。目立ち過ぎると城下に遊びへ行くのも苦労するからのぉ。
城下で遊ぶのはなかなか良いぞ。
吾や魯粛が知らぬほど下っ端の本性を知ることができる……知ってどうするかは各々の想像にまかせるのじゃ。
「これで遠慮無く私達が優勝をもらえるってことね」
「だから優勝できれば、と言っておろうが。そもそも司馬家や公孫家などという大穴もおるからのぉ」
司馬家は秦の時代から続く家系……とされ、歴史は汝南袁氏より長く、最近の実績こそ袁家が勝っておるが司馬家の方がどちらかというと代々続く名門じゃ。
その名門がこのような大会に興味を抱くとは意外で驚いておる。
そして更に驚きの北の端から公孫家が参戦するとは思いもせんかったぞ。
公孫家といえば公孫賛、そして公孫賛といえば騎馬というイメージしかないが……よく考えれば公孫家が本拠とする幽州は海と……黄海と接していて青州、徐州と海上貿易を行っておる。
公孫賛の最後の砦、易京では籠城して何年も過ごしたという。
現代に伝わる三国志を知る者にとっては幽州は辺境というイメージが強いが、何年も籠城して過ごすにはそれ相応の経済が必要なはずじゃから実際は海上貿易で繁栄していたのかもしれぬな。
もっとも中国は一つの州だけでもかなり広いため、地域格差があるであろうがな。
これらから考えるとこの度の大会に参加しても不思議はないと思えるの。
何にしても孫堅の強力なライバルじゃな。
「……堅殿、非常に申し上げにくいことなんじゃが……」
「どうした黄蓋」
「実家……黄家も参加しておるようじゃ」
「なんだと?!」
うむ、さすが少し離れたご近所さんなだけあって募集を掛け始めた最初の頃に応募があったぞ。
なかなか楽しい大会になりそうではないか。
「いかん、こんなところで油を売っている場合ではない。早速取り掛かるぞ!」
こんなところ、とは随分な言い草じゃな。
まぁ相手が吾らだからそのような言い方をしておるんじゃろうが……そうじゃよな?まさか劉表のじじいの前でもそのような振る舞いではあるまいな?日頃の孫堅しか吾は知らんから不安で仕方ないぞ。
「これは孫堅殿、お久しぶりです」
「おお、関羽か、久しぶりだな」
孫堅と関羽は刃を交えた仲である。
吾らの中で優秀な武官となると紀霊と関羽ぐらいで、紀霊は優秀ではあるが武官、武人の前に吾の使用人……いや、乳母的な立ち位置であるから孫堅的にはあまり興味がなかった。
そして関羽はというと……もう、モロ好み!好き!抱いて!というレベルで熱烈に……真剣に真剣で戦っておったのぉ。
あの時は練兵場が大変なことになったのじゃ。しかも加熱しすぎて二人共静止の声が届かんかったしな。
兵士の訓練の一環として突撃させたのじゃが、死にはせんかったが何処かのキャプテンなサッカー漫画みたいに派手に吹き飛ばされて全然止まらなかったのでついでに弩の練習ということで的になってもらったのじゃが、さすがに三百を超える矢は邪魔だったのか、そこでやっと止まったのじゃ。
その後、二人は正座をさせられ、その膝の上に吾が重石代わりに寝そべり、魯粛に懇々と説教をされてたのはいい思い出じゃ。
うむ、関羽の膝枕は快適であったぞ。目の前には絶景が広がって思わず寝ているのに起きるところであった。
途中で孫堅の方にも頭を乗せたのじゃが……うむ、あれはいい物じゃ。子供が3人もいるとはとても思えなかったぞ。
あれから妙に連帯感があるんじゃよなぁ、この二人は。
「孫堅殿も船舶競争でこちらに?」
「ああ、こんな面白そうなことに参加せずにいられるか」
「太守としてそれはどうかと思いますが……」
関羽よ。おぬしは絶対孫呉に言ってはいかんぞ。
絶対苦労するからの……ん?蜀は脳天気ピンク、魏は百合百合ドSちびっ子、呉はお気楽褐色……関羽では何処行っても苦労するのではないか?
あ、董卓が一番良いかもしれんな。ちょっと身内贔屓なところがあるが、それは蜀も変わらんし、史実通り極悪ならともかく恋姫の董卓なら関羽も守ってやりたくなるじゃろう。
「どうだ。暇なら今から少し手合わせせんか?」
「ええ、ちょうど休憩をしようと思っていたところです。喜んで御相手しましょう」
詮なきことを考えて追ったらなんだかとてもやばそうな方向に話が進みだした。
ここで阻止せんとあの悪夢が再現される可能性が高いぞ。
「孫堅、そなたは船舶競争の準備に忙しいのじゃろ。そのようなことをしておって大丈夫なのかや」
「む、そうだったな……黄蓋、任せた」
「ちょ?!堅殿!」
関羽の手を掴みそそくさと部屋から退出していき、残されたのは黄蓋と吾と魯粛、そして数人の使用人のみとなった。
しばらく沈黙が訪れ、では失礼します。と残して黄蓋も退出していく。
黄蓋も苦労するのぉ……もっとも今に限れば、これから孫堅と関羽で起こされる騒動を終息させる吾の方が苦労しておると思うがな。
さて、今回は武将という名の化物達を鎮圧するための訓練とするかな。
皆の嫌がる表情が思い浮かぶのぉ。しかし割りと真面目な話、この世界の武将は単騎で数百は相手できるから対策が必要というのも本当のことなのじゃ。
一応前回の反省を含め、対策として鉄網や連弩……は開発中……辛子爆弾など用意はしておるのじゃ。
一番成果がありそうなのは辛子爆弾なのじゃが、味方を巻き込む危険な兵器じゃ。それと胡椒を混ぜようかと思ったんじゃが値段が高いのは問題ないんじゃが、そもそも手に入る量が希少で使うには勿体なさすぎるということで見送ることになった。
本当に恋姫の世界とは奇っ怪なところである。
魯粛に吾の親衛隊を召集するように頼み、のんびり待つこと十分。
親衛隊三百人全員が集まったにしては早い方じゃろう。
「では、逝くぞ皆の衆。敵は練兵場にあり!」
……なんで皆沈黙しておるんじゃ?
「……確か今日孫堅様がこちらに来ていたという話を聞いたぞ」
「げっ、おい、誰か今日の関羽様の予定を知っておる者はいないか!」
「関羽様は非番だぞ。関羽様愛好会会員の俺が言うんだから間違いない」
「関羽様ハァハァ」
「これってもしかしなくても関羽様と孫堅様をお止めするための召集か?!もう飛びたくないぃ〜」
こやつら察しが良すぎるじゃろ。
それほどのトラウマか?……うむ、それほどじゃったな。
さて、まさか合戦前からの士気がガタガタでお通夜モードとか無理ゲー過ぎやせんか。
士気を回復させるには鼓舞と金が効果的じゃが……鼓舞なんてやったことないぞ。それにこんなことに金を使うなんてちょっと寂しすぎるのじゃ。
「むう……むう……むうううう」
「いや、お嬢様。本気で悩まなくてもよろしいですよ」
ん?
「私達も本気で言っているわけではありません」
「俺達だってお嬢様の親衛隊ですから突撃せよというなら火の中水の中だろうと突撃しますよ」
「お嬢様は知らないかもしれませんが親衛隊は強き者であると同時にお嬢様に恩がある者が集まった組織でもあるのですから」
「なぬ?!」
元々そういう組織を作ろうと構想を練っておったがまさか既に出来上がっておるとは思いもせなんだ。
「いやいや、おぬしらは実家におった頃から親衛隊だったであろう。吾に恩があるというには時期が早過ぎるじゃろ」
吾が積極的に活動を始めたのは太守になってからで、袁家のお嬢様の時代には特に何かした覚えはないぞ?
「お嬢様はわからないでしょうね。私達をすごく自然に助けていたんですよ」
「妹が病気の時に蜂蜜や肉、野菜なんかをくれました。何も言っていないのに」
「私は借金を返すために無理して働いている時に蜂蜜と小遣いと言って半年分の給料を頂きました」
「俺は就職に困っている時に仕事を紹介してくれた」
「私が夫と結婚できたのはお嬢様のお陰ですよ」
……うむ、全部心あたりがある。
しかし別に深く考えたわけではなく、辛気臭い者がおっては母上(生きてた頃)の病状が悪化すると思ってしたまでじゃし、役に立ちそうな者を取り立てるのは当然じゃし、甘々空間を仕事場に持ってきて欲しくないからとっととくっつけただけなのじゃがな。
「そうかそうか、では吾も一緒に死地へ向かおうぞ。逝くぞ」
「「「「おおおお!」」」」
まさか士気が低い兵に士気を回復させられるとは思わなかったのじゃ。
今の吾らは無敵じゃ!
と思っておった時もあったのぉ。
「ハアアアアアァ!!」
「せいっ!やぁあ!」
ドガガガガガガガガッとか、ガギャンッとか、ズドォオンッとか、リアルで聞こえるとかマジで吾と同じ人間なのか、こやつらは。
関羽は攻守両方がバランスが良く、武器の関係上間合いが広いため有利に運んでいるように見えるが間合いが広く有利であるにも関わらず孫堅の間合いになるまで詰められるあたり苦戦しているのだろう。
孫堅はどちらかというと攻撃力重視で守る際は受けるより躱す派で、ステップを踏むかのように動き関羽を翻弄して隙を作り出して斬撃を繰り出す。
一言でいうと孫堅が有利じゃ。
さすがはK○EIで呂布に次ぐか呂布をも超える武力(アイテム込み)の持ち主じゃ。
「あれが吾らの敵ぞ。皆の者装備は良いか」
「辛子爆弾準備完了」
「煙幕爆弾準備完了」
「弩百準備完了」
「盾部隊いつでもどうぞ」
「鉄網部隊も同じく」
さあ、吾の初陣である!……味方相手に初陣とはこれ如何に。
「では辛子爆弾投擲じゃ!」
吾の合図とともに放たれる辛子爆弾。
爆弾と言っても爆発するわけではなく、空中で袋の結び目が解けるように細工したものでしか無い。
「続いて煙幕爆弾投擲開始!」
こちらも煙がよく出るという葉を袋に詰めて火を入れ、投げ入れるだけのものじゃ。
「こ、これは——目が、目がーーーー!!」
「痛い、痛い痛い!」
よし、効いておるようじゃな。
辛子爆弾だけでも良かったが、念には念を入れて煙幕爆弾まで使って完全に目を殺した。
続いては——
「弩部隊、三連射じゃ!」
吾の声と共にドーンッと小太鼓が鳴る。
そして同時にカシュッという風切音が発生する。
本当の敵ではないので鏃には綿を何重にも巻いて殺傷力を下げておるが……まぁ当たれば痣だらけになるのは間違いないが——
「セイヤァ!」
「ハッ!」
うん、知っておった。目を封じたところで通じないかもというのはな。
見事に切り払われておる。
「鉄網部隊!」
掛け声と共に四方から鉄網が放たれる。
煙幕をしたのは鉄網部隊で包囲しても気取られないようにするための下準備であったのじゃ。
さすがに動きの制限がされれば脅威度が下がる。なにせ武器を振り回すには網はかなり邪魔じゃからな。
「止めに盾部隊!」
盾部隊は身を隠すほど大きな盾を持って押し潰さんばかりに押さえつける。
そしてここまでしてやっと二人を抑えることに成功した。
「全く、おぬしらは懲りぬなぁ」
「その声は袁術様」
「お嬢ちゃんなんのつもりだ」
「いや、ただ単に練兵所の被害を減らしただけじゃが、何か申し開きがあるなら魯粛にするがいいぞ」
涙で濡れた顔以外は親衛隊に取り押さえられた状態で文句を言ってくるが悪いのはおぬしらじゃ。せめて真剣を使うのを辞めれまだ救いがあるものを。
「魯粛の説教は勘弁してくれ!」
「袁術様ご慈悲を」
残念ながら慈悲はない。
「と言うか既にお主らの後ろにおるんじゃがな」
「「え?」」
冷笑を浮かべる魯粛。
顔色を変える関羽と孫堅。
そして、また絶景が拝めるかと期待する吾。
こうして二人のはた迷惑な訓練は終わりを告げた。