第百七十一話
反袁術連合が瓦解したが、曹操の仕事はこれからである。
決戦の勝利は既定路線であったが、相手は連合であり、それぞれが違う地の領主なのである。
今までは袁紹が統率していたのでままとまっていたが、瓦解したということはバラバラとなってしまい、自分の領地へと向かって逃走を開始しているのだ。
これが通常の戦争であれば適当に調略して取り込みや寝返らせたりするところなのだが今回は内乱であり、逆賊認定がなされている以上は通常で一族根絶、恩赦で各勢力の主犯とその側近の処刑と一族の資産没収などが慣例となっているし、袁術もそれに習うつもりである。
となれば反袁術連合の小勢力達も死に物狂いで抵抗するしかない……ならばなぜ連合を瓦解したのか……後の不幸より目の前の恐怖が勝ったからにほかならない。分かりやすく言えば後先考えず目先のことだけ考えた結果である。もっとも自分の命が掛かっているのだからわからなくもないが。
そして一番の問題はこの小領主達の治める地はもちろんバラバラであることだ。
一つ一つは小さい領主であるためそれほどの力はないが、数が多いためにそれらを効率的に制圧するには軍を分ける必要が出てくる。
軍を分けるというのは戦力の分散になり、危険が伴うが悠長にしていられないので已む無しだが、問題はそこではなく、兵站が伸びてしまうことにあった。
今までは劉表の襄樊は南陽を南下してすぐ、馬家の奇襲は洛陽付近、反袁術連合との攻防は汜水関と比較的近い場所でしか戦いは発生していないため問題にならなかったのだが距離が離れれば兵站に負担がかかるのは必定……というか大量の井闌車や投石機なんてとても長距離を運べるような代物でもなく、特に投石機の弾は不可能……ではないが、袁術の領地内で名前の通り表で活動している表商会ならばともかく、このようなことで他領で活動する諜報工作員である裏商会を使うなんてことはしないため、実質不可能ということになる。
そのため、攻城兵器の使用も制限される(使わないとは言ってない)ため、攻城戦となれば相応に時間が掛かる可能性がある。
「だからこそ、ここで仕留めるっ!」
強い口調で自分に言い聞かせるように関羽が、ここに来て弓矢ではなく、自身が先頭に立ち敵へと突撃していく。
逃げる者を殺すことに抵抗がある関羽だが、これからのことを考えれば追撃の手を緩めるのは自分に返ってくるならともかく、自分ではない誰かの命を対価となってしまうことになるので心に蓋をして、完勝に近い現状で被害が出てしまう突撃の先陣を切り、そして刃を振るう。
既に戦いではなく、虐殺と表すほどの戦況となっており、傷つけているのは関羽であり傷ついているのは敵兵士であるはずなのに関羽の心も無数の傷が刻まれていく。
そんなところに割って入るように動いた勢力が居た。
「やっとあたいの出番!!なんだけど……明らかに貧乏くじだよなー」
逃げる味方を救うために割って入ったはいいが、鬼神の如き武を魅せる関羽に冷や汗が止まらない文醜が弱音を吐く。
どう考えても自分では……いや、相棒と言える顔良と二人がかりでも勝てる気がしないのだから一人では無謀もいいところだろうと言ってもどうにもならない言い訳ばかりが思考にちらつく。
そして文醜の姿を確認した関羽はあることを確認していた。
(袁術様が描いた人相書きとそっくりだ。では文醜で間違いあるまい。念の為——)
「そこにいるのは名のある将とみた!我が名は関羽雲長!お相手願おうか!」
名乗りを上げて一騎討ちを願う。
これでもし袁術からの情報が正しく、人違いでなければ相手も名乗り、一騎討ちを受けるはずと考えたのだ。
「ふ、ふん!この文醜様に喧嘩売ろうなんていい度胸だ!その喧嘩買った!」
分の悪い賭けであることはわかっているが、ここで逃げるという選択肢は、ギャンブラーな私心的にも将として見た戦況的にもないというのは悲劇としか言えないだろう。
お互いが馬を走らせ、関羽は青龍偃月刀を、文醜は斬山刀を振りかぶり——激突する。
「ぐうぅっ?!」
結果は文醜が一方的に馬ごと吹き飛ばされるという力量の差をまざまざと見せつけられるものとなり、様子を見ていた袁紹軍の兵士達にも動揺が走る。
袁紹軍では一、二を争う実力者である文醜が吹き飛ばされたのだから動揺するのも当然だ。
関羽の実力としては一合で終わらなかっただけでも文醜がそれなりの将であることは間違いないのだが、それを知らない袁紹軍には……いや、それを知っていたところで袁紹軍にはなんの慰みにもならないだろうが。
「ふっ!」
吹き飛んだ分だけ間合いを詰め、更に容赦なく関羽は青龍偃月刀を横薙ぎ、それをまたしても何とか文醜は受けるがまた同じように飛ばされてしまう。
(や、やば、い。こ、れは……駄目、な奴だ)
ギャンブラーにしてギャンブルに弱い文醜だが、今まではどうにかピンチを乗り越えてきたし、袁紹と顔良が一緒ならこれからも乗り越えられると思っていた。
だが、目の前にいるこれは、運どうのこうのでどうにかなる存在ではないことを悟る。
(後、何合、耐えられるかって勝負、か。こんなことなら斗詩を襲っとくんだった)
また鋭い一撃を何とか大剣で受けるがまた飛び、また追いつかれてまた吹き飛び——それが三度ほど行われ——
(あ——)
今までが遊びかと思うほどの速さを持つ斬り上げられた青龍刀を受け損ね、刃が自身の肉体に触れる。