第百七十六話
「成都陥落、か。思ったよりも早かったのぉ」
劉備が到着して成都を三日ほど包囲すると門が開き、降伏を願い出た……張松が、劉璋の首を持参して。
表向きは無意味な戦死者を出さぬために張松が降伏を進言するが、それを退けて徹底抗戦を宣言したことで民のことを思い、苦渋の決断を持って主君劉璋を討った。という事になっておる。
もちろん、本当のところは劉璋が自身の命の保障と引き換えに降伏すると言い始め、張松が留めようとしたのじゃがどうしても言うことを聞かず、殺したそうじゃ。
そもそもの話し、劉璋が降伏を言い出したら困ることになるからのぉ。
降伏を申し出れば劉備はまず断らぬ……というか無駄な殺生を好まぬ()劉備は断れぬ。
劉璋が降伏を申し込めば、多少都合が悪かろうと受け入れせねばならず、そして劉璋が生きておっては裏切りが多発していたとは言っても元君主を追放するなり臣下とするなり監禁するなりせねばならん。
そうすると劉璋に未だ忠誠を向ける者達の取り込みに手間がかかる。
劉備達には時間がない。吾が旧反袁術連合の勢力を粛清するまでにある程度領地を盤石にしておかねば吾が攻める口実……まぁその気になれば口実などいくらでも用意ができるが……を与えてしまうことになるから手間を掛けておる場合ではないのじゃ。もしかすると劉璋派という派閥が生まれてしまうからの。
そもそも人も金も時間も足りておらんのじゃから人ぐらいは少しでも多く集めたいじゃろう。
……正直、これらのことは想定内ではあるが……つくづく張松は気に入らんのぉ。
まぁその内(蜂蜜色の)天誅が下るじゃろうがな。
「それにしても……体裁も何もないのぉ」
劉備達が成都に入ってまず行ったことは……金策じゃ。つまり成都にある裏商会に金を借りに来たわけじゃ。
先立つものがないと何もできんのはわかるが、成都に入って二日と経たずに来たというあたりに不憫さを感じる。そうなるように仕掛けたのは吾達であるがの。
「劉備達は借金を借金で返すという泥沼に陥っているみたいだけど大丈夫なの?」
「大丈夫じゃろ。益州は辺境じゃから開拓のしようはいくらでもあるからの」
「開拓するには時間も手間も掛かるし、それに税はほとんど差し押さえているんでしょ?」
ん?何か孫権と会話が噛み合わんような……ああ、そうか。
「いや、開拓と言っても農業的なことではないのじゃよ。どちらかというと商品開拓……と言ってもわかりづらいか、簡単に言うと劉備達がこれから開拓する利権をいただこうということじゃ」
確かに孫権の言っておるような今ある普通の利権……つまり、作物の収穫や関税、塩製造(益州の場合岩塩なので採掘じゃがな)などは既に押さえてある。
だからこれから開拓されるであろう……南ルートのシルクロード(現在は蛮族によって滞っていた)や南蛮からの作物(孫策達が押さえたもの)、新たな鉱山などをいただこうというのじゃ。
「なるほど……劉備達の未来は真っ暗ですね」
「敵に容赦なんぞ不要じゃろ。それに劉備との繋がりなんぞ関羽ぐらいしかないしのぉ」
吾が劉備が好きではないから避けておったのも事実じゃがな。
驚きの報が入った。
それは……なんと孫策に南荊州の北側(ややこしい)武陵と長沙が任される事となったのじゃ!!
これで孫策は念願の太守になれたわけじゃ。
一応祝いの品でも送るべきじゃろうか?さすがに嫌味すぎるか?しかし、吾の下を出ていった程度で嫌悪するほど狭量ではないのじゃ。
そもそも孫策には野心があったからのぉ。
「でもどこからどう見ても姉様は私達への壁扱いですよね」
「じゃろうなぁ。劉備勢の中で一番吾との縁が深いのは間違いなく孫策達じゃからのぉ」
それに孫権がここにおるから話しが直接吾に届きやすいということもあるし……というかおそらく諸葛亮達は吾が孫策達を裏切り者じゃと思っておらんことを知っておるのか?でないと吾が攻め入る口実に使う——
「ああ、なるほど。もしかすると孫策達は地盤固めに利用するつもりなのかもしれんのぉ」
「……どういうことですか」
「吾が孫策達のことを裏切り者と思っておるならそれを攻める口実にするかもしれんじゃろ?」
「ソウデスネ。ソウスベキカモシレマセン」
事実は吾より孫権の方が恨んでおるんじゃがな。
今だって何やら黒いオーラを放っておる……というかいつの間に孫権がこのようなキャラに?
「そして劉備達はこういうのじゃ——裏切り者の孫策は私達が討ちましょう。その代わりに益州は任せて下さい。とな」
「愚かね。袁紹達を討ってしまえば私達がたかが二郡相手に他勢力の力を借りる必要なんてありません」
「それはそうじゃが……ほれ、おぬしがおるじゃろ?吾が直々に孫策達に手を下せば遺恨が残ると言われれば否定できんじゃろ?」
「……」
否定したいけど否定しきれないと言った感じじゃな。
まぁこればかりは理性とは関係ないからのぉ。
恨んでおる姉とはいえ、実際に殺してしまえば後にどういう感情が残るのかわからん。
なくなった後に大事さがわかるのは時代が変わったとしても共通することじゃからな。
「それにそうでなくても吾を傀儡だと思い、魯粛が実質支配者だと思っておるようであれば、利に聡い魯粛はそれを認めると考えてのことじゃろう」
今思えば、これが孫策達だけで南蛮に向かわせた理由かのぉ。
劉備軍と行動を共にさせなかったのは切り離しやすくするため……?