第十七話
船舶競争、表向きはお祭り、裏向きは水軍強化……とわかりやすい裏があるが、実は更に裏が存在する……裏の裏は表じゃないのかという質問は受け付けん。
そして、その裏の裏というのは……人脈作りじゃ。
これだけ名家、名門が揃えば嫌でも社交場として成立してしまうからの。
「と言うのは結果的にそうなってしまったのを自分の手柄にしようとしているだけなんですけどねー」
「これ、ばらすでない」
まぁ、七乃の言う通りなんじゃがな。
これほどの豪勢なメンツが揃うとは思いもしなかったため、急遽付け加えた裏の裏であることは間違いない。
人脈というのは現代であろうと三国志の時代であろうとファンタジー世界だろうと変わりなく必須のものじゃ。特に権力者や商人などは顕著じゃ。
名も顔も知らぬ者より名も顔も知る者の方が信用できるというのは不変なものじゃ。
「とりあえず適当に宴を催すとしようかの。吾の財力を魅せつけるいい機会じゃ」
「帝の勅命や宦官の署名、賞品などから既に十分魅せつけていると思いますけど」
「甘いな魯粛。これを見よ」
「これは……船舶競争の各部署の収支報告書です……よね?」
「ああ、それで間違いない。間違いないのじゃが……予想では大きく赤字になる予定だったのに逆転して黒字になっておるんじゃよ!!」
なんでじゃ!なんで金が減らぬのじゃ!
いや、原因は分かっておる。元々赤字を見込んでおったのは地方豪族達が寄り集まった程度の規模でしかないということを基礎として組み上げた予想じゃ。
これだけ名立たる家が揃えばどうなるか……南陽郡に落とす金もとてつもない金額となることは予想に難くない。
実際、連日連夜どころか深夜を除いてずっとどこかで宴をしておる。その袁隗で消費される物を調達するのはもちろん南陽郡で行われておる。
そうなると自然と吾等の商会も儲かり、もちろん他の商人達も儲かる。
そして商会の中では吾等が一番強く、一番儲かり、それが今の黒字という結果になっておる。
しかし、そこには大きな問題が潜んでおるんじゃ・
南陽郡の商人のほとんどが商会に所属しているとは言っても、売上を折半するなどする組織ではもちろんない。
商会とは基本的に用心棒代わりに警邏兵を派遣、広告代理、税徴収を商会を通して行い不正防止、商会直営店へ卸して販路拡大、逆に直営店から商人に卸して品揃え充実などなどがメインじゃ。
つまり商会に所属していても普通に商売しているのと変わらず、売上に差があり、もっとも稼いでいるのは直営店じゃ。
そして商会は近隣にも手を広げておるから行商ルートと被っておる行商人の儲けも随分削ることになる。
そうなるとどうなるか、それはまだ分からぬが嫉妬と欲というのは恐ろしいというのは間違いないのじゃ。
とは言っても客に直営店ではなく所属店で購入してくりゃれなどと言えるわけもない。だから吾等が宴を開き、そこで消費する物資は全て所属店から購入すれば利益の分散が可能になるのじゃ。
こういう利権調整は細心の注意が必要じゃな。
外敵ならば一丸となって対抗することができるが、内なる敵は敵味方がはっきりせず、知らぬ間に忍び寄ってきておるものじゃ。
そして内側から崩れるとどれほど強固な城でも落城は必至、その芽を摘む為なら多少の手間や散財ぐらいは惜しまぬ。
「袁術様の遠謀深慮、御見逸れいたしました」
「ヌッハッハッハッハッ、もっと褒めてたも褒めてたも」
まぁ魯粛も分かっておったんじゃろうがな。おそらく吾の考え方が間違った方向に行っていないか見定めておるんじゃろうな。
七乃は吾が間違えた方向に進んでも一緒に爆走するか、むしろ後押ししそうじゃし、紀霊は付いて来てくれるが正してくれそうな雰囲気ではない。関羽は……なんか原作より脳筋っぽいからどうにか丸め込めそうじゃ。
程立と郭嘉は雇っておるが立場はあくまで外様扱いじゃから都合が悪くなれば契約を破棄してでも出て行くじゃろう。
その点魯粛は袁家の良心兼ブレーキとして期待できる……はずじゃ。
たまに一緒に暴走しそうでちょっと不安もあるがな。
「しかし、そうなると一級の品を揃えることは少し難しいでしょう。宴に招待するのは各地方の名門や名家ばかりですので商会の品ぐらいの質でないと……」
む、言われてみればそうじゃな。
高級品を扱う商人は買ってくれる顧客がいないと成り立たぬからかなり少ない。それらを扱っておるのは主に直営店じゃからな。
「うーむ……仕方ない、庶民向けの宴を開催するかの」
少し思慮が足らんかったな。
庶民向けならば腐っていなければ、場合によっては腐った物でもタダなら喜ぶじゃろ。
これなら大体の所属商人も行商人も恩恵を受けれるであろう。
「それがよろしいかと」
今の吾には散財が急務じゃ。
一箇所に金が集まり過ぎるとどうなるかと言うとそれはインフレを起こすということに繋がるということじゃ。
中華の豪族達はインフレ上等!と貯めに貯めこんでおるが民衆からすれば堪ったものではない。
世に出回る金が減ればそれだけ金が希少になる。物々交換で成立する内はまだ良いが、物々交換の弱点である現品を持ち歩かないといけないことや相場が定めにくいことなどの要因で商人達の苦労が増える。
商人の苦労が増えればその分価格が上昇して負のスパイラルへ突入する可能性が高いのじゃ。
こうやって豪族達が散財してくれるのは良いが、そのほとんどを吾が手に入れ、使わず貯めておくと害にしかならぬ。
実際南陽郡から少し離れた村や街でインフレ傾向が見られるという報告も受けている。
分の悪い投資をしてもなぜかそれ以上になって返ってくる。となると本当に無駄な消費をするしか吾は思いつかぬ。
それならば多少意味のある消費である方が好ましいというものじゃ。
……まぁ、どうせ巡り巡って返ってくるんじゃろうけどな。(投げやり)
盛大な宴を催したのは良いが……なんで収支が黒字になっておるんじゃ?
これも理由は分かっておる。
豪族同士は貸し借りをなるべく作らぬようにしておる。
名の知れた家ならばなおさらであるが恵んでもらうことを非常に嫌う。簡単に言うとプライドが高いのじゃ。痛い言い方をすれば意識が高い系というやつじゃな。
ここまで言えば察するであろうが、お返しとして貢物を数多く貰ったのじゃ。
元々太守の誘いなのだから断れないことを理由に家格が同格以下なら免除されるというのが暗黙の了解なんじゃが……家格が同格以下というのがミソじゃな。
同格以下ということは、お礼をしなければ少なくとも同格以下であるということになってしまう。
他の名家や名門から比べると、汝南袁氏は名家と名乗り始めたのは歴史が浅い、つまり新参成り上がり者なのじゃ。
それと同格などと認めたくない者達が見栄を張り、自分達が受けた歓待以上のお礼をしなければならず、結果が収支が黒字という事になってしまったのじゃ。
ちなみにこれ……庶民向けの宴も費用込みでの話なのだから驚きじゃ。
豪族達はいったいどれだけ蓄えておるんじゃ?それほど蓄えても意味はなかろうに。
「袁術様のように積極的に商いをしている方のほうが少数ですよ」
「いくら貯めこんでおっても死後の世界にまで持っていけるわけでもあるまいし」
「少なくとも子々孫々に受け継ぐことはできますよ」
「子は子で頑張って生きてくりゃれ。吾が死ぬまでは面倒見るがそれ以上は知らん」
子々孫々のために財産を残すにしても金額がのぉ……こんな金額を残すとろくでもない一族にしかならんじゃろ。
「それにしても孫堅は何も持ってこんかったな」
「まぁ格下で借金まみれですから当然でしょう」
それでも顔ぐらいは見せてもよかろうに。
「この借りは優勝して返す!と息巻いてましたから今頃陣頭指揮を執っていることでしょう」
「いや、吾は城下で酒盛りをしているに賭けるぞ」
「……否定する要素が全くありませんね」
孫堅は盗賊を狩りつつ酒を飲むらしいからのぉ。ちなみにこの情報は孫堅の付き人っぽい朱治からの情報じゃから間違いない。
何度注意しても止めぬと嘆いておったから吾も注意したのじゃが……まぁ結果はお察しじゃな。
以前考えていた職務中に酒を飲むと利息が増えるようにすることを真剣に考えねばならんか?
「孫堅様が干上がる光景が思い浮かびますね」
「それぐらいがちょうどいいじゃろ。ついでに黄蓋も対象にすれば平等で良いな」
もっとも猛獣を調教するなんて面倒なことはせんぞ。しかも自身より一回り以上年上の者じゃぞ?無理じゃ無理。
本当に孫策の母親というのがわかるな。その反対に孫権は本当に孫堅の子なのかの?あまりにも印象が違いすぎて遺伝子検査したくなるレベルじゃぞ。
あ、ひょっとして父親に似ておるのか?今度聞いて……孫権と吾、まだ会ったことなかったから聞けぬorz
「やっとここまで来たのぉ。程立も郭嘉もご苦労じゃった」
「……本当に疲れました」
「私達が必死になって働いている傍らで宴なんて袁術様は思った以上に外道ですねー」
なに?吾はちゃんと差し入れをするように指示してあったはずじゃが?
「もしかしなくてもあの蜂蜜の山のことでしょうか」
「うむ、もちろんじゃ」
差し入れといえば蜂蜜、吾と言ったら蜂蜜、吾は蜂蜜で身体は出来ておる。
「あんなもの売っ払って人を雇うのに使いました!」
「なんじゃと?!そういえば商人から購入した蜂蜜が嗅いだことがある気がしたのはそれか!!」
「……今、さらっと蜂蜜を匂いで嗅ぎ分けたと言ったような」
「無論じゃ。吾が一度嗅いだ蜂蜜の匂いを間違えるはずなかろう」
「「……」」
何を当然のことを言っておるのじゃ?蜂蜜とは集めた花の蜜によって異なるし、集めた蜂達によっても異なる。
それを嗅ぎ分けることなんて普通にできるじゃろ。
ちなみにこれで毒入りの食事でも相当手が込んでいない限りはだいたい分かるぞ。と言うか経験しておるからな。
そういえばその時の刺客、紀霊に預けたままどうなったんじゃろうな?凄く気にならないのじゃ。
「まぁ、まだまだ蜂蜜はあるから問題ないがな」
「必要ありませんから」
「さすがにあれほど贈られてきても食べきれないのですよー」
む、それもそうか。
「それに普通はあれほど食べればお豚さんになっちゃいますよー」
「ん?吾はいくら食べても太らぬが……」
「羨ましいことです」
そういえば蜂蜜のカロリーって砂糖ほどでないにしてもかなり高めだったの。
……もしや将来まん丸美羽ちゃんの出来上がりかや?!
少し蜂蜜を控——控——控——控えぬ!鑑みぬ!まん丸上等なのじゃー!
「ま、まぁそれはともかくこれでも食べてたも」
「……これは以前出された食パンという物……?」
「なんか色々乗ってますねー」
現在机の上に並べられているのはハニートーストじゃ。
最近、膨らまし粉として探させていた重曹を発見したから再現ができたのじゃ。
さすがにこのサイズのハニートーストは膨らまし粉がないと上に乗せた物の重みですぐ沈んで形にならんからな。
ちなみに重曹を探させる際には茶渋の付いた茶飲みを渡して白い石を削って粉にして洗って綺麗になる物を持って来いと言っておいた。
重曹があれば掃除に便利じゃよな。他にも入浴剤としても使える……はず?
正直重曹のイメージは掃除と膨らまし粉としか認識しておらんから他にどんな使い道があるか検討もつかんのじゃ。
下手なことをして皮膚炎にでもなったら大変じゃから実験をする必要があるじゃろうな。
「これはハニートーストと言ってこれが生クリーム、こっちがアイスクリーム、こちらがバナナじゃな」
生クリームとアイスクリームは少し手間じゃったがそれほど難しい物でもない……あ、完成したのはバニラエッセンスがない腑抜けたアイスクリームじゃがな。
交州にはバナナがあるはず、と取り寄せてみたんじゃが最初見た時は青く、試しに食べてみてもとても生では食べられない物であったため調理用として放置しておったら知らぬ間に黄色くなっておったのじゃ。
摘み取ってから熟成ってできるんじゃな。初めて知ったぞ。
「そしてこれにバターと蜂蜜を掛ける」
「結局蜂蜜ですか」
「まぁ袁術様ですから仕方ありませんよ郭嘉ちゃん」
お、ちゃんと真名で呼ばないようにしておるんじゃな。ただ……凄まじい違和感じゃな。
程立が真名で呼ばないと距離があるように感じるの。吾達が直させたのだが。
「これを食べながら競争を見ようではないか」
「まぁ頂けるなら頂きますが……」
「美味しそうですねー」
用意してあったフォークで口の近くまで運んだ瞬間に一言。
「ちなみにこれ一つでおぬしらの半年の給料分かかっておるぞ」
……うむ、狙い通り二人は固まっておるな。
悪戯大成功じゃ。
いやー予想以上に高い物になって吾も驚いておる。
今度是非華琳ちゃんにごちそうしたいのぉ。春ちゃん秋ちゃんの給料一年分以上の軽食?デザート?だと知った時のリアクションが楽しみじゃ。
重曹を探すのに費用がめっちゃ掛かったからのぉ。こういう楽しみが会っても良いじゃろ。
金は腐るほどあるが、気分の問題じゃ。
そしてまだ食べるかどうしようか悩んでおる二人が面白すぎるのじゃ。
悩んだ末、出した結論はおそらく吾が食べていいと言ったのだから食べてしまえ、であろうな。宙に浮いておったハニートーストを口の中へ入れた。
「むぅ、これは美味しいですね……値段を考えなければ」
「本当に美味しいですよー……値段を考えなかったら」
「ふむ、では十日に一度程度出すか」
「「遠慮しておきます」」
さすがに冗談じゃよ?浪費しようとは思うがさすがにこういう使い道は無しじゃ。
一人二人の幸せより多くの人に幸せになってもらいたいからの。もっとも本当に幸せかどうかなぞ本人しかわからんものじゃから判定は曖昧じゃがな。
「お、船舶競争の見せ場と言われる速さを競う競争が始まるぞ」
とは言っても予選なんじゃがな。
応募者数が多過ぎたのじゃ。
ほとんどの参加者はこのレースに出るから当然といえば当然じゃ。
今回の注目は(劉虞の)劉家と孫堅達、徐州の(陳珪、陳琳の)陳家じゃな。
劉家はやはり帝と血の繋がりがある分だけ人脈は強かろうな。それに劉虞の為政は良いと聞いておるから人望もあるじゃろう。
孫堅達に関しては今更なので語らぬ。
徐州の陳家は全く不明じゃ。ぶっちゃけ徐州まで手を伸ばせずにいるから情報不足なのじゃ。
どんな活躍をしてくれるか期待じゃな。