第百七十八話
……劉備達が志とは正反対に現実はやり口が悪どい件について。
劉備達が益州を占領して軍を随時解散しておるのは以前言ったと思うが……ふと気になって調べてみたんじゃが、なんと南荊州から連れてきた兵士達のほとんどを雇用したままで、そのまま移住させるつもりでいるようなのじゃ。
これにより南荊州の……いや、厳密には長沙と武陵からかなりの労働力が失われることになる。
もちろん、いくら劉備の人徳があろうと、故郷を離れたくない者もおるようで、脱退する者もおるが、明らかに少ない。
ちなみにこれは鳳統の策のようじゃ。あの魔女っ子め、なかなか黒いのぉ。
元々南荊州は長い間賊が好き勝っていていた無法地帯であったため、殺しはもちろんのこと経済的に圧迫されて人売りまでしていたため、人口は減少しておったところにこれほどの兵士が帰還しないとなると労働力不足となり、南荊州はかなり困ったことになるじゃろうな。
労働力不足もそうじゃが、主な税収である人頭税が大幅に減少してしまうからのぉ。
「孫策達も踏んだり蹴ったりじゃな。孫権は何か手助け——」
「致しません」
……某手術中の眼力が凄いバイト女外科医ばりにきっぱり断言されてしもうた。
こうなると——
「別に吾に遠慮することは——」
「致しません」
「でも、ほれ、一応姉妹じゃろ?多少は——」
「致しません」
「あ、この書類を七乃に渡してきてたも」
「承りました」
惜しい!そこは御意〜と言って欲しかったのじゃ。正確には御意↑〜、じゃがな。まぁネタを知らんし、日頃御意なんて使わんから仕方ないがの。
それにしても孫権は思った以上に孫策に塩対応じゃのぉ。それとも吾の手前では甘い対応はできんとか?固い孫権ならあり得るのじゃ。もしかしたら吾、余計なことを言ったかもしれん。
「ふむ、このままでは孫策達はともかく、南荊州の民が不憫じゃのぉ」
南荊州の民は長らく賊に脅かされ、劉備に助けられたと思うたら次は戦争に駆り出されて終いにはいつの間にか孫策という何処の誰とも知れんものが領主となっておる上に、徴兵された民達のほとんどは帰って来ぬ……うん、さすがにキツイじゃろ。
孫策達がどう思うかはともかく、一応南荊州も漢王朝の領土であるわけじゃし、何某かの援助しておくか。
ちなみに政府としては益州は無政府状態という扱いになっておる。
それはともかく、さて、どう援助したものか……あまり大々的にやっては孫策達も貸しばかり作って気分も悪かろうから、裏から手を回す方針として……何か良い考えはないかのぉ。
というわけでは魯粛先生に知恵を借りることにしたのじゃ。
「まあ、私が先生ですか?」
「元々吾の先生みたいなもんじゃろ」
「助けては来たつもりですがあまりお教えできたことは多くないと思いますけど」
「それは先生の過小評価じゃな」
「袁術様の過大評価だと思いますが」
とよくわからんやり取りがしばらく続き、本題を伝え、返ってきた答えが——
「援助はしない方がよろしいかと」
魯粛、お前もか。
「決して意地悪でそう言っているのではありません。孫策さん達は初めての統治ですから大変だとは思いますが、おそらく自力どうにかしてしまうでしょう。お嬢様の気の回しすぎです」
「そうじゃろうか?」
「はい。それに仮にもここで働いていた周瑜さんがいるのですから……多少寿命が削れるかもしれませんけど」
おい、おぬしは知らんからそのようなことを言えるが、史実を知る吾としては最後の一言は笑えんぞ。
すっかり忘れておったが周瑜は大丈夫じゃろうか?ちゃんと寝ておるじゃろうか?血反吐吐いとらんじゃろうか?ちゃんと孫策の手綱は……まぁそれは無理か。
しかし、周瑜の手を助けるというのは文官が必要で……吾にその文官を手配する手立てがない。むしろ手立てがあるなら吾のところに引き入れておるからな!
「やはり何か考えておかねばならんな」
「袁術様は過保護ですね」
確かに他の者から見れば過保護に見えるやも知れんな。
しかし、周瑜に倒れられると戦闘民族孫家がどう動くかわからんからのぉ。
江陵は物資集積地として重要な地なのじゃが、そこのお隣さんが戦闘民族というのは襲って下さいと言っているようなものじゃ。
……ふむ、江陵から長沙や武陵は近いのか……少し流通を整えてそちらに流せば——
「まだ土台が出来上がっていない孫策さん達に更に仕事を増やすのですか?」
「おおぅ。そうじゃった。……そうか、結局もう少し落ち着いてからでないと何もできぬのか」
「袁術様、行動的なのは素晴らしいと思いますが、少し加減を覚えるべきかと。だから私達は寝ずに仕事をすることになるんですよ?」
「グサッ」
「まぁ、楽しくて調子に乗っちゃうのは私も同じですけどね」
「いつも世話を掛けるのぉ」
「それは言わない約束ですよ」
魯粛……
「その代わり是非添い寝を——」
「だが断る!」