第百七十九話
とうとう華琳ちゃん対袁紹ざまぁの戦いが始まった……が、想像していたよりも凄く地味な戦いとなっておるようじゃ。
軍勢自体は二万と三万五千という決戦で敗北したにも関わらず袁紹ざまぁはそれだけの兵士を揃えたようじゃ。
これはさすがに吾も予想外であった。
そして戦いの方はというとまず華琳ちゃんは前回の決戦……決める戦いとなっておらんから決戦ではないかも知れんが……で行った戦術を使った。
正攻法とは正しく攻めると書いておる通り、正しく攻めれば基本は負けぬ法則であるから正攻法というのじゃ。
それに対して袁紹ざまぁは……なんとひたすら盾で受けて耐えるだけであった。
派手好きな袁紹ざまぁにしては妙に手堅い、と思うたら戦う軍師こと審配が補佐に付いたようじゃ。
……負け戦の審配が付いたところで微妙じゃと思うておったがどうやら本人が勝ち気であるのに得意な戦術は守りということが原因なのではないかと睨んでおる。それだけ審配は見事な守りを行っておるようじゃ。
そして肝心の袁紹ざまぁ本人はどうやら負ける覚悟を決めたことにより今まで定まっておらんかった腰がどっしり座ったようで、何やら悟りを開いたかのように別人になっておると聞いた。
実際は開き直っただけじゃろうがな。
しかし、その開き直りが袁紹ざまぁ軍にとって利となり、華琳ちゃんにとって害となる。
そもそもの話しとして袁紹ざまぁ軍は進まねば地獄しかない崖っぷちに立たされておるため将兵の気合いの入り方が華琳ちゃんの軍と大きな差が生まれておる。
というか華琳ちゃんはどうやら何処かで袁紹ざまぁを過小評価して油断しておるように思える。
確かに袁紹ざまぁは結果的には無能としか見えぬものとなったが、大小の諸侯を束ねて武功もないのに長期間統率し、とうとう決定的な敗北まで寝返りを引き起こさなかったのじゃからカリスマ性はあると思うぞ。集まった者達が小物ばかりではあるが世の中、小物の方が多いのじゃからそれは仕方ないとして。
それはともかく、華琳ちゃんは湯水のように矢を消費し、その矢を回収して袁紹ざまぁは有利な地(平地での射程では不利だから丘など)へ誘導して対抗するという地味な戦いを繰り広げておるわけなんじゃ。
「人の金……この場合は物資じゃが……じゃと思って好き勝手してくれておるのぉ」
「それでも圧倒的黒字というのが私達らしいですけどねー」
「おかげで随分と自然破壊が進んでおるがな」
歴史の長い中国では生活圏周辺の自然は多く使われているため、自然はかなり少なくなっておる。禿山とか普通にあるからのぉ。
以前から植林しておるが、消費に比べるとどうしても劣る。
もっと規模を大きくせねばならんか……でものぉ。いくら植林してもどうせ次かその次の世代ぐらいで全部伐採されると思うと切ないのぉ。全てが徒労になりそうで。
もっとも無駄ではないはずじゃからやめるという選択はないがの。
「それにしても意外でしたねー。公孫賛さんはともかく、劉虞さんがしっかり足止めされるとは思いませんでした。少し田豊さん達を舐めていました」
そう、袁紹ざまぁが既に詰んでいるのは華琳ちゃん、劉虞、公孫賛という包囲網が完成しておるからじゃ。
三方向から攻められては兵士の集まりが悪い袁紹ざまぁでは対処できない……と思っておったが、どうやら袁紹ざまぁの状態を見て、審配だけでどうにかなるかもしれないと田豊達は考え、田豊と沮授が現地の兵士だけで劉虞と公孫賛と戦うことにしたそうじゃ。
その戦略は今のところ功を奏しておるの。
ちなみに公孫賛は袁紹ざまぁを攻める意欲はあまりない……というよりも公孫賛は騎馬隊が中心であるため、野戦や略奪ならともかく攻城は不得意じゃから仕方ない。小さい砦ならばともかく、城ともなるとそれなりの被害を想定しなくてはならん。
何より、公孫賛と袁紹ざまぁは近所であったこともあり縁があるから本気で攻めづらいのもあるじゃろう。その気なら吾が攻城兵器の一つや百や千ぐらい用意してやるがの。
まぁ袁紹ざまぁが破れた時の逃げる先としての役割があるからあまり本気になられると困るがな。
とりあえず公孫賛についてはともかく、劉虞の方は本気で攻めておるのじゃが……田豊が大将を務め、麹義が前線で奮闘しておるそうじゃ。
まぁ麹義は史実では蛮族?勇猛?な公孫賛の主力を打ち破った実績があるから戦に強くても不思議ではないし、そこに田豊が補佐すればそう簡単には敗れることはなかろうな。
それに劉虞のところには武に優れる者がおらんというのも苦戦しておる一つの要因となっておる……が、一番の要因は自分から参戦しておいて民が傷つくことを嫌がり、強い攻勢に徹しきれないところなのじゃがな。
劉備とは違って劉虞はこの時代に珍しく、人の命を重んじる道徳を矛盾しながらも実践しておる人物じゃからの。今回参加したことも勝敗が決した以上は袁紹ざまぁに早く退場してもらい民の被害を減らすことを目指してのことじゃ。
本当に珍しい人じゃ……もっとも問題が無いわけではないのじゃがな。
「うーむ、思った以上に戦いは長引きそうじゃなぁ」
「そうみたいですねぇ。ただ、戦場が遠のいたことで経済は活発になってますから……仕事増えてますね!!」
「うむ!そうじゃの!」
いや、本当にありがたいことなんじゃがまた書類が山のように増えておるんじゃよ。
と言うかじゃな、戦場は遠のいたが終結したわけではなく継続中であるために戦時の仕事が、冀州に戦場が移ったことで司隷の東側の交易路が正常化したことで経済が順調に回り始めたのじゃ。
これらが合わさると塩素系洗剤と酸性洗剤を混ぜるぐらい(危ないので良い子も悪い子もしちゃ駄目じゃぞ?)のことが起こったわけじゃな。
「華琳ちゃんから人材を借りておらんかったら間違いなく致死量じゃったな」
「そのお借りした人達が目を虚ろにしてますけどね」
「全く、か弱い吾より先に音を上げてしまうとは軟弱な奴らじゃ」
「私達は人間として大事なものを捨ててしまってますからねぇ。今は必要なものを最小限にしている最中ですし」
え、捨てた大事なものってなんぞ!?吾は捨てたつもりはないのじゃ!!
「例えば睡眠、例えば思いやる心、例えば金銭感覚、例えば身だしなみ、そして——成長です!」
「な、なんだってー!!なのじゃ」
いやいや、いくつかは思い当たる節があるとはいえ、そこまでのことじゃないじゃろ。特に思いやる心なんて捨てたつもりはないぞ。
「じゃあ、今、程昱さんがもうそろそろ限界なので一日お休みをくださいと言ってきたらどうします」
「いつも持っておる飴を叩き落として頭の上に乗っておる小生意気な人形をぶっ飛ばして唐辛子を口に放り込んで執務室の椅子に括り付けて給料を三倍にするの」
「普通の人の対応はお休みをあげるか必死にお願いして頑張ってもらう程度ですよ?太守でしたら権限を使うことぐらいが関の山です」
「いやいや、今の給料を三倍にするんじゃから思いやりもあるじゃろ!!」(必死)
「お給金をもらっても使えないと意味ないんですよー?」
とくだらんことを駄弁りながら今日も今日とて仕事と向き合う日々…………ところで成長を捨てておるというのは冗談じゃよな?
吾、まだ諦めておらんのじゃが。