第百八十二話
「蜂蜜〜蜂蜜〜♪袁家印の蜂蜜はいらんかの〜♪美味しい美味しい蜂蜜じゃぞ〜♪」
吾は今、城下で蜂蜜を売り歩いておる。
決してサボっているわけではないぞ?本当にサボるなら部屋で寝ておるからな。
ならなぜ吾が蜂蜜を売り歩いておるかというと、街の視察なのじゃ。
二度目になるが本当は動かず寝ておきたいのじゃが、これも仕事の一環なので仕方ないのじゃよ。
もっとも、蜂蜜は重いので護衛を兼ねておる小次郎が運搬してくれておるので割りと苦にならんがな。
「おう、蜂っ子。久しぶりだな」
「おお、立ち食いそば屋か。久しいな。繁盛しておるか?」
「戦争が遠のいて売上は上がってるよ。ただ、最近物の値段が上がっていてちぃーとばかしやりづらいがな」
ふむふむ、やはり物価は上昇傾向なようじゃな。
元々反袁術連合時の物価の安定は商会が値段を無理やり抑えることにより保たれておったものじゃ。
ちなみに商会が抑えておった分の負担は吾の懐から出ておるから商会自体は赤字になっておらんぞ。
そして吾自身もかなりの出費であったがそれでもなぜか赤字ではないんじゃがな。
もう何度目かわからんが、本当に一体どこからこんなに金が湧いて出てきておるんじゃ?と思いたくなるほどじゃ。
「あら、蜂娘さん。お元気だった?」
「本屋か、吾はいつでも元気じゃぞ〜。そっちはどうじゃ?」
「最近は商会の于禁ちゃんが出してる雑誌がよく売れて助かってるわ」
ほほう、于禁も順調なようで何よりじゃ。
于禁の活躍は三羽烏の中で一番地味ではあるが、ここ最近ではある意味一番活躍しているとも言える。
それは、よく売れている、つまり流行っている服の色によって民の心理状況がある程度推し量れるのではないかというものじゃ。もちろん発案は吾じゃ。
人間にとって色というのは見ただけで心に影響を与えるもので、赤ければ攻撃的になったり、青色であれば冷静になったり、黄色ければ気持ちが明るくなったり、緑であれば穏やかになったり……もちろん、そういう傾向があるというだけで影響は……実は結構あるから侮れんのじゃよ。
チラシや広告でよく赤色を使うのは目立つこともあるが、赤色は血や火など危険を知らせる色じゃからつい見てしまうことを利用したものじゃ。
つまり、上手く使えばある程度の成果が期待できるということじゃ。
そして人間というものは良い手本があればそれを真似たくなる。だからこそ于禁にファッション雑誌を作らせ、流行りの色を決めることで民心をコントロールすることを試しておるのじゃ。
ただ、効果を検証するには人の心という部分だけあって曖昧で、立証はしづらいんじゃがな。
一応立証できておる……ように思えるのは緑色、青色が流行っておる時は犯罪率が若干低下し、赤色と黄色が流行っておる時は少し暴力事件が多いという計測結果となっておる。
もっとも、赤色と黄色が流行ったタイミングが反袁術連合が結成された時であるから情勢不安によるものである可能性が高い。つまり、データとしては信用ならぬ。
全く、タイミングが悪い……いや、情勢不安もあって気分を明るくするためや戦う意思を持ったがゆえに赤色や黄色などの明色が流行ったという考え方もできるか。
しかし、これも検証するのは難しかろうのぉ。
それに流行り物をコントロールするのは商会の力を持ってしてもやはり難しいのじゃ。売れると思っておった商品は見向きもされんのにあまり売れると思っておらんかった商品が売れたりすることが多々ある。
やはり人という大河を操るというのは無謀なのかもしれんな。
「にゃにゃにゃわ〜……お猫様、今日のご機嫌は如何でしょうか?」
この声は……というよりお猫様などという呼称を使うのは中華広しと言えども彼女だけではなかろうか。
「おお、そこにおるのは周泰ではないか、相変わらず熱狂的な信者じゃな」
「あ、袁——んん、お嬢様。珍しいですね。このようなところでお会いするなんて」
吾が袁術であることは内緒であるため、外ではお嬢様と呼ぶことが義務付けられておる。これは南陽郡の頃からの同じであるが、洛陽に来てから人員がかなり増えたため、守りきれるものではない……と思っておるのじゃが思ったより守られているようなのでびっくりしておる。
なぜ守られておることがわかるかというと、今の吾に不自然な存在が近づいて来ぬことが証明しておる。
こんな成りでも太傅、天子の師という役職であるから顔を売りたい者は数知れずおる。にも関わらず、話しかけてくるのは吾自身が自然と知り合った者達のみじゃ。
可笑しいのぉ、都の魑魅魍魎がなぜ自分の縁ある者達に教えんのじゃろ?後で確認してみるか?
ちなみに後で確認したところ、魯粛が「もし万が一袁術様ご自身のこと、身辺のことを漏らした場合、仕事を十倍にし、聞いた者達は……ね?」と牽制したそうじゃ。
そして実際に漏らした者がいたそうじゃが、仕事が十倍にされ、聞いた側の者達は……行方が知れんそうじゃ。
吾も知りたくはないから目を閉じ、耳を閉じ、口を閉じておくのじゃ。
あまり酷いことにはなっておらん……はずじゃ。
「うむ、見ての通り蜂蜜売りの最中じゃな。おぬしも買わんか?」
「私の家には既に蜂蜜の倉庫ができてますよ」
む、それはいかんぞ。蜂蜜の鮮度は他のものよりは落ちにくいと言ってもやはり新鮮な内に食すのが一番じゃぞ。
「おやつやお茶に使ってるんですけど、さすがにあれほどの量となるとそう簡単に使い切れるものじゃありませんよ」
「ほうほう、一応使ってはいるようじゃな」
たまに売り払う不届き者がおるからのぉ……しかも中には商会に買い取りを頼むとかアホ過ぎて何も言う気が起きんかったことぞ。
「もちろんです!大事な戴き物を無碍にするなんてしませんよ!」
おおう、最近は戦争や内政など仕事ばかりにかまけていたせいか心が荒んできておったようじゃ。周泰の純粋さが眩しいのじゃっ!
「あ、そうでした。お嬢様、一つお願いがあるのです」
「なんじゃ?」
周泰は表情を改め、真剣な眼差しで吾を射抜く。
それに応えるように吾も相応に表情を作る。
「できれは一ヶ月ほどお休みを頂きたいのです」
「休み、か」
「はい」
……これは関羽と同じように孫策を手助けに行くフラグか?しかし孫策とはそれほど縁があったように思えんかったのじゃが。
「あの謀反人……北郷と姜維を取り逃がしたのは私の失態です。お嬢様を傷つけた者を逃してしまいました。私が、私がもう少し武に力を入れていたなら……だからこそ修行を行いたいと思うのです!」
——ここにも一人、おったか。
七乃、紀霊、魯粛、そして孫権。この四人はあの時のことを随分と気にしておる。
特に新人であるがゆえにか、それとも生真面目さゆえにかわからんが孫権が一番責任を感じておる。
そして、目の前の少女もまた、責任を感じておるようじゃ。
だからこそ、嬉しく思う。
周泰は仕事の関係上、孫権ほど伴に過ごす時間が多かったわけではない。しかし、それでもこれほど思ってくれているのじゃ。
「この可愛い奴め!」
「にゃわわわわ?!」
日頃はセクハラなんぞ専用に注意しておるんじゃが、ついつい頭を撫で回してしもうた。
「じゃが、まだ安定しておるとは言えんからのぉ。一ヶ月は難しいのじゃ」
「やっぱりそうですか」
むむむ、折角頑張ろうとしてくれておるのに落ち込ませるのは申し訳無さ過ぎる。
むー……そうじゃなぁ。
「ならば一ヶ月、重要任務以外の任務から外れ、それ以外を全て修行に当ててはどうじゃ?洛陽内なら紀霊が、移動も修行と考えれば遠出をして関羽と稽古すればよかろう。そういえば、ちょうどよく無駄飯ぐらいの暇そうな駄馬(馬騰、馬超)もおるし……おお!そうじゃ!!董卓のところにも手伝ってもらうのも良いの!」
あそこならば華雄に呂布がおる。間違いなく修行に……修行に……華雄はともかく、呂布相手に修行ができるじゃろうか?
原作のゲリラ戦最強の周泰ですら呂布には勝てないどころか太刀打ちできるかどうか怪しい相手じゃからのぉ。
「……わかりました!この周泰幼平っ!お嬢様の多大なるご配慮に応えられるよう頑張ります!」
にゃー!目が!目が?!ま、眩しすぎるのじゃー!!