第十八話
「私達が水の上で負けるわけがない」
「と陳家と僅差で辛勝した孫堅さんが言っておるぞ」
「勝ったのは事実だ」
最後の最後で孫堅が漕ぎてに替わって勝ったからほとんど個人技で勝ったようなものじゃが……ルール違反ではないから認めるが、釈然とせん。
一般参加チームもなかなか検討しておるようで、特に船大工チームはインチキかと思うほど強い……って当然じゃな。それを本職にしているんじゃから。
意外な展開といえば司馬家じゃな。あっさり予選すら抜けずに敗退、というか船が沈んで棄権したのじゃ。誰かの妨害工作かもしれんから一応調べておるが、今のところそのような形跡はないそうじゃ。
あの天才一家がまさか予選で敗退とは……司馬八達の一人が参加しておるはずなんじゃが、天才でもこういうことがあるということじゃな。
「ん?そういえば華琳ちゃ……曹操は参加しておらんかったような?」
「そういえばそうですねー。あのちみっ子、お嬢様の誘いを断るなんて万死に値します!」
七乃……本人がおらんからとちみっ子などという暴言……ほどほどにせんとマジで殺されるぞ。吾も助ける努力はするが華琳ちゃんを止められる自信はないがの。
「七日ほど前に曹操様から書簡が届いていたと記憶していますがご覧になられましたか?」
「……わ、忘れてなんておらんのじゃ。ちょっとうっかりしておっただけじゃ」
「もう、お嬢様ったらぁ慌てちゃって可愛い」
くっ、吾としたことが。
これでは華琳ちゃんに怒られるではないか。
「曹操様からの手紙でしたらこちらに」
「おお、持ってきてくれたのか、さすが紀霊じゃ」
「当然のことをしたまでです」
紀霊は使用人の鏡じゃの。
そして差し出された書簡を読んで見ると……ふむ、華琳ちゃんは陳留で改革を進めておって大事な時期じゃから参加できぬと書かれておるな。
「まったく、お嬢様より陳留を優先させるなんて巻き髪をしている人はろくでもない人ばかりですね」
七乃よ……吾も若干巻き髪なんじゃが……これは気づいていないだけか、それとも気づいていてわざと含めておるのか、どちらじゃろ。
それにしても……そうか、華琳ちゃんは来んのか……残念じゃ。
「陳留も南陽ほどではないようですが腐敗が進んでいたようなので曹操様も大きく鎌を振るったのでしょう」
華琳ちゃんが鎌……本当にそのままの意味じゃな。
少々潔癖なところがある華琳ちゃんじゃからのぉ、吾みたいに腐敗の具合で区別したりせずにザッパリ切り落としていそうじゃ。相手が美女なら手籠めにしておるかもしれん……いや流石に腐敗臭がする者は食べんか。ここで腐敗臭は性根の腐った外道の事を言うんじゃぞ?決して腐女子の事を言うのではない。
腐女子は酔狂塾の生徒だけで十分じゃ……ん?何か間違っておる気が?気のせいかの。
腐った者を切り捨てるのは簡単じゃがそれでは仕事に支障をきたして巡り巡って自分に返ってくるから注意が必要じゃが、華琳ちゃんはわかっておるじゃろうか。
「それに特筆した文官がいらっしゃらないのも要因の一つでしょう。曹操様や夏侯淵さんは優秀ですが陳留を治めるにはやはり文官をまとめる者が必要となります」
「おっと、お嬢様。ここで魯粛さんがまるで私のようなと言いたげにしてますよ。自画自賛もほどほどにしないと痛い目にあうということを教えてあげるべきでは?」
「張勲さんは最近運動不足なようなので紀霊さんと手合わせして来てください」
「無理!死んじゃいます!」
七乃……からかうなら相手と言葉を選ぶべきじゃと思うぞ。
華琳ちゃんや魯粛などは二番目に危ない部類ではないか……一番は春ちゃんじゃな。春ちゃんは照れ隠しか条件反射的に斬りかかってくるから注意が必要じゃ。
まぁ、かく言う吾も何度か危険な目にあっておるがな。
「では関羽さんにお願いしましょうか」
「紀霊さんとの違いが、寡黙で厳しいか真面目で厳しいかぐらいしか違いがありませんって?!」
七乃……ヤムチャしやがって、なのじゃ。
「さて、紀霊、船舶競争最大の目的は達成できそうかや」
「ハッ、一部のもの以外は設計図の入手いたしました。しかしその一部が問題があります」
「む?紀霊が解決できぬのか」
「残念ながら。一部の船にからくりが導入されているようで解明するには難しく、設計図を手に入れたとして再現できるかどうか……」
むむ、からくり?恋姫にからくりを操るキャラといえば……李典?于禁?どっちだったじゃろうか?楽進は傷だらけという点が蒼天航路と共通しておるから覚えておるんじゃが……もう随分昔のことじゃからはっきりは思い出せんのじゃ。
確か胸がでかい方がからくり好きで、メガネの方がお洒落好き海軍っ子ってのは覚えておるんじゃがな。
とりあえず確認すればいいだけか、そもそもオリキャラという可能性も捨てがたいしの。
オリキャラでも魯粛のように有能な者もおるはずじゃからな。
「その組名は分かっておるか?」
「三羽烏という組で、開発者は李典、漕ぎ手に楽進、于禁の三名でした」
まさかの一発必中、一本釣り!
いやいや……吾、オリ主として覚醒したんじゃなかろうか。
関羽、程立、郭嘉に続いて三馬鹿烏……違った、三羽烏まで寄ってくるとは思わんかった。
もしこれで勧誘して配下に置くと華琳ちゃんの人材不足が確定じゃな。
まぁ程立はともかく郭嘉はほぼ確実に華琳ちゃんの下へ行くであろうがな。吾に郭嘉を引き止めるほどの魅力があるとは思えんからの。
「ふむ、人数が三名ということは少人数運用部門か」
「その通りです。お呼びしますか」
興味を持ったことを感じたのじゃろう、紀霊が気を利かせてくれるがそれには及ばん。競争が終わってからでよい。
「畏まりました。終わり次第ここへ連れてきます」
いい加減人数が少ないのに邪魔するのも悪かろう。
もし李典?于禁?のからくりが加われば七乃の攻城兵器のパワーアップ間違い無しじゃ。
中世以前の戦争の難しさは野戦よりも籠城戦にある。
兵糧をしっかり揃え、水にも困らぬ場合、よほど少数の籠城兵でない限りは被害が拡大し、長引くものじゃ。
そこまでは現代の感覚であってもわかる。しかし、この籠城戦というのは副次効果を生み出すことがこの時代に来てわかった。
籠城戦とは先も言った通り長引く上に被害が大きくなり、更には野営じゃ。つまりそれだけ兵士や将にストレスを与えるということじゃ。
ストレスを溜め続け、落城した瞬間に解放されるとどうなるか?怨み辛みから来る殺戮、蹂躙、凌辱などを生み出す。
吾の軍も規律は厳しくしたり天幕を豪華にしたり食事を豪華にしたりと予防するようにしておるが何処まで制御できるかは不明じゃ。
中国は各地方毎に結束が強く、他の地方の人間には冷徹なところがあるから虐殺なんて常識じゃからなぁ。
そのような無法者など吾の軍では少しでも減らしたいからのぉ。
関羽ほどの鉄壁さはいらぬが秩序は大事なのじゃ……え?日頃の吾らが秩序がない?それは言ってはならんことじゃ。
「負、負けた」
orz状態の孫堅。
本人が言っておるように負けてしまったのじゃ。相手は……
「堅殿……すまぬ」
そう、黄蓋さんちの実家である黄家に負けたのじゃ。
黄蓋はとしては肩身が狭かろうなぁ。
しかもまだ予選の範疇で敗北とは——
「水軍で負けなし……ぷぷぷっ、虎が泳いでたら溺れましたよ」
「ぐふっ」
七乃……追い打ちとはいい性格をしておるな。相変わらず。
「まぁ参加賞で我慢するのじゃな」
「参加賞まであるのか」
「うむ、これじゃ」
「小瓶……酒か?」
「いや、蜂蜜じゃ」
「「「「ですよねー」」」」
な、なんじゃ皆揃ってハモリよって!!蜂蜜で悪いか?!
「いや、あまりにも予想通りすぎてな」
「まぁそうじゃな。しかし堅殿の酒も大概じゃぞ」
「むむ、そんなこと言っておったら参加賞もやらんぞ。換金所に持って行けば旅費と船の建造代ぐらいは出る——」
「さあ、換金に行くわよ」
いつの間にか蜂蜜の小瓶が奪われておったのじゃ。
ふっふっふ、しかし吾の罠はこれだけではない。
黙って孫堅達の後ろをニヤニヤしつつ付いていく。
そして換金所へ到着。
ちなみに換金所はパチンコ店の換金所をモデルに作っておる……完全に余談じゃな。
「これを換金してくれ」
「参加賞ですね。……開封されてはいないようですね。では、この金額でよろしいでしょうか」
「おお、これなら私達の往復、建造費を出してもお釣りが来るぞ」
「堅殿……参加賞にしては高額過ぎるような気がするんじゃが」
「高く買ってくれるというのだから問題無いだろ。これで頼む」
「ではこちらに受け取ったという証明のために署名をお願いします……はい。ありがとうございました」
…………
………
……
…
「おい、金は?」
「お支払いしましたが?」
「何をわけわからんことを言っている。私はもらってない!」
「ええ、お支払いしましたが渡してはいませんね」
「……貴様、私を馬鹿にしているのか」
こらこら、剣を抜くでない。場所を考えぬか。
「ハァ、吾が種明かしをしようかの」
「……袁術、付いて来ていたのか」
「うむ、まぁ半分はこうなることを読んで付いて来たんじゃがな」
「つまりお前の差し金か!」
それも半分正解じゃが半分は間違いじゃ。
「主犯はどちらかというと吾より魯粛かのぉ」
「なに?」
「ほれ、ここについた時から思い出してみればわかることじゃよ」
「……」
気づかぬか?お、黄蓋は気づいたようじゃな。顔に手を当てて、あちゃーというようなリアクションをしておるし、間違いないじゃろ。
「黄蓋、何がどうなってるんだ」
「堅殿……借金じゃ」
「?!」
「そう、借金の支払いのために差し押さえたというだけの話じゃよ」
孫堅は唖然としておるが、この時代の債権者にしては優しい方じゃよ。
「うむうむ、その表情を見るために付いて来たのじゃ。世は満足じゃ」
「……悪趣味が過ぎますぞ。袁術様」
割りと温和な黄蓋も少し不機嫌なようじゃな。
ちょっと遊びすぎたようじゃ。
「まぁ今回のはお勉強ということで我慢するんじゃな。あ、ちなみに今回の支払いは借金の他に練兵場の修繕費用にも当てられておるからの」
もう言葉もないのか、幽霊のようにゆらゆらと身体を揺らせながら何処かに行く孫堅……まぁ金はやらんが帰りの食料ぐらいは奢ってやるかの。
いや、ここは蜂蜜を持たせて……
「更に止めを刺そうとするお嬢様はさすがです。可愛い上に極悪非道ですね!よっ、性格の悪さ天下一!」
「ふはははは、もっと褒めてたも褒めてたも!」
む?残っておる組の中に甘寧という名があるが、もしや一番乗りの甘寧か?
本当に色々と有名な者が集まってくるのぉ。
「どうしたんですかお嬢様……ああ、この人は変態さんですよ。女性なのにふんどしが丸見えなんです。破廉恥ですよねぇ」
……まさか七乃から答えが得られるとは思わなんだ。
それにしても甘寧か、まだこの頃は孫家に仕えずに河賊の時代じゃろうか?……確か記憶が正しければ元々益州出身じゃったと思うが……でもなんで益州の人が揚州まで?まぁ河を下れば辿り着けんことはなかろうが。
ふむ、ここで顔見知りになっておけば死亡フラグは多少折れるかもしれん。
吾を殺す順位としては、孫家に次いで挙がるのが甘寧、周泰の孫呉忍レンジャーじゃからな。
もしかすると正々堂々正面から攻めてくる孫家の面々より暗殺という意味では甘寧、周泰の方が怖いのぉ。
思い立ったが吉日とも言うし早速会いに行くのじゃ。
「関羽も付いてまいれ」
「言われずとも」
まさかとは思うが、剣でも抜かれたら吾や七乃ではどうにもならんから関羽も護衛として連れて行くのじゃ。
そういえば関羽と因縁がある孫呉の将とはまだ会っておらぬな。ちょっと会っているところを見たいと思うのは三国志を知る者にとっては仕方ないことじゃろう。
「これは袁術様、このようなところご足労いただき感謝の念が絶えません」
……なんか思った印象と違うのぉ。
やはり河賊を率いる身分でしかないから礼儀正しくしておるのか、それとも孫呉への……いや、孫権への忠義はそれほどの影響があるのか。
原作の甘寧は刺々しいというか、切れ味が鋭く切らずとも良いものまで切りそうな抜身の剣というイメージが強いんじゃが、今は鞘に収まっている状態のようじゃ。
普通は逆じゃと思うんじゃが、よくよく考えれば孫呉の将としての立場があればこそある程度強きでも問題ないとも言えるかの。今の立場が河賊ならば後ろ盾がない状態で吾と敵対した場合、良くて本人が斬首、悪くて郎党皆殺しじゃから礼儀正しくもなろうというものか。
「ふむふむふむ」
不躾に甘寧の身体を舐めるように見る。
男であるということを知らぬ甘寧は嫌悪感こそ見せぬが不審がっておるようじゃな。
「関羽、この者をどう思う」
「良い腕の持ち主かと、武で敵う者は紀霊様と私ぐらいでしょう」
「ふむ、その方は甘寧と申したか」
「ハッ」
「どうじゃ、吾に仕えてみんか?おぬしが率いておる郎党もまとめて面倒見ようぞ?」
「嬉しく思いますが非才な私——」
「これこれ、甘寧。断るにしても言葉を間違えてはならんぞ。先ほど関羽が言っておったじゃろ。関羽と紀霊以外におぬしに勝てるもの無し、と。おぬしが非才となれば他の者はどうなるのじゃ」
「……これは失礼いたしました」
振られてもうたか、いや、ここは関羽の例に習って——
「ちなみになんじゃが甘寧にはこのような給金を用意しておるのじゃが……あ、こっちは他の郎党に給金じゃ」
ちなみに書かれているのは関羽を雇った時の倍額じゃ。
そして関羽も仕えてそこそこ経ったからそろそろ給金を上げてもいいじゃろう。後で魯粛と調整するか。
甘寧は金額をみて目を白黒させて、口は何か言おうとパクパクするが声が発せられることはない。
吾が思うに始まりは金目当てでも良いのじゃ、忠義とは後で付いてくればいいのじゃ。
それにやはり対価というのはそれ相応に払う必要があるのも真実じゃろ……まぁ吾の懐からすれば本当に雀の涙程度の金額なんじゃがな。
……ところで関羽が遠い目をしておるのはなぜじゃろうな?もしや過去の自分を見ているような気分にでもなったか?
「へ、返事はすぐにしないといけないでしょうか」
「この大会が終わるまでに答えてもらえれば構わんぞ……あ、それと郎党の者達に言っておくがおぬしらだけでも歓迎するから遠慮無く申せ。では、良い返事を期待しておるぞ」
吾が去ったあとざわつきから察するに上手くいったようじゃな。
ふっふっふ、これで甘寧が雇えなかったとしても郎党に亀裂が入るか、こちらにつくものも出てくるじゃろう。
こういう小さなことをコツコツとしていけばそのうち大輪の花が咲くことじゃろう。