第百八十八話
流行病が危険というのはこの時代でも認識しておる。
というより、病というものがどういうものか知っておる現代よりも危機感は強い。
ただし、病が何であるかなど知るはずもなく、菌などの概念があるわけもない。
病に罹った場合、経験則的に身体に良さそうな物や効果がありそうな植物などを薬として摂取する程度である。蜂蜜もその一種じゃな。
そして元現代人の吾は当然専門的な知識など持ち合わせてはおらんが病がどのようなものかはざっくりとじゃがわかっておるし、対処法もこれまたざっくりとわかっておる。
まずうがい手洗いであるが、それは既に吾の領地では既に浸透させておるし、他の領地も商会、裏商会を用いて浸透させておる。
本当はアルコール消毒、煮沸消毒なども徹底したいところであるが……アルコールは上流階級の者が使うなら問題ないが、民が使うとなると手間暇が掛かりすぎて値段が恐ろしいことになる……いや、ぶっちゃけていうとそれらを全て負担とまで言わんが一部負担して流通させることぐらいはできるじゃろう。しかし、問題はアルコールを生み出すのには大量の作物がいるのじゃが黄巾の乱と反袁術連合と度重なる戦で人口と田畑の減少しておるからさすがにきついのじゃよ。
それに酒の値上がりにも繋がるので暴動が起こる可能性もある。ちなみにこの価格上昇は全中華に波及するレベルのものじゃ。
「とりあえず、この病がどれほど広がっておるのか確認せねばならんな。魯粛頼んだ」
「承りました」
「後、孫権、病に罹った馬は隔離して他の動物との接触も避けるように言っておかねばならんな。ああ、涼州方面から訪れる馬も全て一箇所で集めて隔離するように手配しておくのじゃ」
「すぐに手配します」
「紀霊は華琳ちゃんや公孫賛、陶謙、劉虞……ついでに劉備と孫策にも伝えておいてたも」
「御意」
いやー、こういう時は権力を持っておると便利じゃな。
ちなみに他の勢力にこのことを教えるのは善意ではないぞ?病気が蔓延してしまえば結局苦労するのは吾じゃからな。仕事をわざわざ増やすつもりはさらさらないのじゃ。
「そういえば……羌族は大丈夫なんじゃろうか?今の所、病死は確認されておらんようではあるが、羌族の馬は生活の支えであることを考えると万が一があった場合大変なことになりかねんぞ」
せっかく内乱が終わったというのにまた羌族に攻めてこられてはせっかくの平和ムードが台無しじゃ。
吾は天下が欲しいのではない。平和……というほど大それたことは言わんが、平穏が欲しいのじゃよ。
「すぐに探りを入れますねー。ついでに董卓さんの方でも確認してもらいます」
と七乃が買って出る。
これで考えうることは全てかの?……いや、対策をもう一つ打っておくか。
「魯粛、商会に牛、羊、山羊の繁殖を増やすように指示を出しておけ」
「馬不足に陥った場合の対策ですか……改めて袁術様が治める領地の民は幸せ者だと思いますね」
「なんじゃ急に。これぐらいのことはおぬしでも思いつくじゃろ?」
確かに、と肯定をした上で頭を左右に振るって否定する。
「思いつきはします。しかし私はやはり根が商人なのでしょうね。不幸を利にすることを考えてしまいます」
「いや、牛や羊を増やすことは利になることじゃろう?なら魯粛も同じようにするじゃろ」
「いえ、私ならもっと効率を求めます。牛や山羊を買い占めて、いざという時に高値で売り払います。こうすれば無駄に家畜を増やすという手間も繁殖に必要な費用も掛かりません」
ふむ、それは国を運営する者としてはあまりおすすめできそうにないのぉ。他国相手ならばともかく、民相手にそれをすると信頼を失って第二の黄巾の乱が起きかねんぞ。
まぁリスクが低そうではあるがの。
「民の不満は別のことで解消することが可能だと思いますよ。むしろ領主のほとんどは起こるかもしれない事象に対して、起こってから対応することが普通です。袁術様のように起こることを前提としてことを進めるのは珍しいかと」
「そうかのぉ?」
「そういう少数の人を世は名君、というのです」
いや、そこまで持ち上げられると照れを通り越して担がれておるようにしか聞こえんのじゃが。