第百九十四話
「朱里ちゃん……どうしよう」
袁紹一行が南中に赴くことは劉備達の耳に入った。いや、正確には——
「これは袁術さん……いえ、魯粛さんの策略でしょう。それにこれを前もって公式的な通達ではなく、噂話として私達が知ることになったのもそういう意図があってのことでしょう」
そう、この情報はそもそも袁術側からわざわざ伝えたのだ。ただし、諸葛亮が言った魯粛が首謀ではなく、袁術が首謀なのだが。
「それってどういう意味?」
「私達は今、益州を統治しています。しかし、それは正式に任命されていた劉璋さんから無断で武力をもって奪い取り、無断占拠しているに過ぎず、漢王朝から州牧、もしくは刺史の位を頂いたわけではありませんし、正式な使者を使わされたこともありません」
「つまり、袁術は……漢王朝は我らを認めるつもりはない、ということか」
趙雲の苦い声に、諸葛亮と鳳統は頷いて肯定する。
「漢王朝は……袁術さんは思った以上に力を保持していた。そのせいで命運尽きたと思っていた漢王朝は今、安定しようと進み始めています。このままでは私達は、厳しい戦いを強いられることになります」
「袁紹の任地である南中は確か南と南東の交易路が交わる地だったな」
「はい。ここが断たれれてしまえば益州の財政は破綻します」
益州の税収は険しい山々に取り囲まれ、猛獣や毒虫などで農地開拓が容易ではなく、しかも高地であるため育つ作物に限りがある。
それに比べ、史実で益州を取るという方針を出した諸葛亮ではあるが、これは妥協案であり、元々は交州を欲していた。そして益州から南東とは交州に当たる。つまり、それだけ交州は恵まれた地なのだ。
そして南は言わずと知れたローマとの交易、シルクロードであり、それによって得られる富みは莫大である。
その二つの交易路が交わる南中を袁紹に……袁術に押さえられるというのは首根っこを押さえられるのと同義である。
それをおめおめと見過ごすのは愚策である。
「どうしたらいいの?」
まずい状況なのはあまり政治、戦略能力に優れていない劉備でも理解できた。だが、理解できることと解決できることとは等しくはない。
「まずは袁紹さんと接触して、どういった意図でこちらに赴任したのか、どういう立ち居位置にいるのか、どうするにしtも情報を集めてからです」
ならばなぜこの程度のことで主要メンバーを招集したのか、解せない。
緊急であり、非常事態であるのは間違いないが、そのような状態であっても軍師である諸葛亮と鳳統が方針を決める。にも関わらずメンバーを集めるほどのことでもない。
なぜ集めたのか……それは議題はもう一つあるからだ。
「私はこの状況を打開すべく、曹操さんと同盟を結ぶべきだと思いましゅ!あわわ、噛んじゃったよ、雛里ちゃん」
後半がイマイチ締まらない内容ではあったが、いつものことであるし、前半のインパクトで気にならなかった。
「曹操殿との同盟……かの御仁はそのようなことを望まないと思いますが。宿敵とは勝とうが負けようが、有利だろうが不利だろうが堂々と戦うことを選びそうですが」
「はい。難しい交渉になることが予想されます。しかし、その点を補ってあまりある利点があります。南北同時に挟撃することができます。それに曹操さんも現状を快く思ってはいないのは間違いありません」
諸葛亮が言うように南北同時に攻められるようなことになれば、いくら財産を多く保有してる袁術とはいえ、苦戦を強いられるのは間違いない。
そもそも現在、袁術と明確に敵対する勢力は存在せず、劉備勢は孤独で劣勢なまま戦わなくてはならなくなる。