第百九十七話
ボイコット騒動は無事鎮圧することができたが、その代わりに吾等の仕事が増えてしもうた……おかしいのぉ。上に行けば行くだけ責任が増えて仕事は減るはずなんじゃが、責任も仕事も増える一方じゃぞ。おまけに金も増える一方じゃが……嬉しくない。
ただ、このボイコットは民にまで知られるほどに大事になってしもうたわけなのじゃが……どうやら現政権の支持率というか人気度というかが上昇したようじゃ。
ボイコットに際して官僚達の労働環境が正しく民に知れ渡ってしもうたが、どうやらその真実は噂に尾ひれ背びれがついたものではあるが相当きつい仕事をしているようだ、という過小評価になってしもうた。
「真実が噂より過酷であるというのは稀有な話じゃな。これも今までの漢王朝が成してきたことへのある種の信頼あってのことじゃな」
「そんな信頼嬉しくない」
帝が落ち込んでおる。
まぁ自分達の働きを偽りなく広めたら嘘だと言われればちょっとはショックかもしれんのぉ。
もっとも帝が仕事をしておるなどと言っても誰も信用しないだろうがのぉ。ちなみに吾の場合も同じじゃろうな。
ともかく、民に同情される官僚という珍事が発生しておるのじゃ。
プライドが高い官僚達は退くことができずにボイコットを遂行したのじゃが、吾等が鎮圧に乗り出すと特に目立った抵抗もなく鎮圧に成功したのじゃ。
どうやらまさか民に知れ渡るとは思いもよらず、しかも同情されるとは想像すらできなかったようで、恥ずかしくなって早々に終結を望んでおったようじゃ。
そんなわけで平和で穏やかな地獄の日々に戻ったのじゃった。めでたしめでたしじゃな。
「めでたしじゃないですよー。なんで内乱中みたいな仕事量になってるんですか」
七乃がプンプンッ!という一昔前のお笑い芸人……グラビアだったかの?……みたいに怒っておるが——
「いや、どうせいつものことじゃろ」
「……お嬢様、さすがにそれは悟り過ぎかと」
いつもは近くにおってあまりツッコミを入れてこない紀霊が珍しくツッコミを入れたじゃと?!しかも孫権まで頷いて……というか首が千切れんばかりに頷いておるぞ。
魯粛は……ああ、今は商会の方に出向いておるんじゃったな。
「とはいえ、もう少し待てば何とか打開できる……かもしれんじゃろ?」
内乱が終結し、戦後処理もやっと終わったから新たな人材発掘を行っておるのじゃ。
政権が安定したと民には印象付けることに成功し、商会でそう喧伝し、裏商会でも密かに噂程度に流した。
これによって今まで様子見をしておった引き篭もり共を引っ張り出すことができるはずなのじゃ。
実際少しずつ発掘は成功しておる。日和見しておった奴らじゃから能力と人格が微妙な者が多いが戦争とは数なのじゃから仕方ないの。そもそも吾等の戦場に立てば根性も叩き直される(精神汚染、ゲシュタルト崩壊とも)ことじゃろう。
「ところでお嬢様、これ以上仕事を増やすのは嫌なんですけど、曹操さんや劉備さんへの対策は必要ないんですか?このままだと領地が安定したら攻めてきちゃうかもしれませんよ」
「んー、確かに危ないかも知れんのぉ」
国力差がそもそもあるから時間が経てば経つほど、その差は開くのは自明の理じゃ。であるから早い内に戦争状態にするか内応で混乱を招くことが手っ取り早い国力埋めになることをわかっておるじゃろう。
普通に考えれば国力差があれば戦争状態になったところで地力の差で勝ち目など少ない分の悪い賭けに過ぎないのじゃが……華琳ちゃん達の下には吾等の内情を知っておる郭嘉と程昱がおるからのぉ。人材不足であることをよく知っておるじゃろう。
平時でも人材不足じゃというのに戦争を起こされると一気に人材が枯渇する。つまり戦争を起こせば政府に掛かる負担は華琳ちゃん達よりも吾等の方が重たいのじゃよ。
というか、本気で長期戦を仕掛けられたら軍事的にではなく、政府が忙殺(文字通り忙しさに殺される)されてしまうのじゃ。
それに……華琳ちゃんはともかく、劉備は現在進行系で財政は火の車じゃからな。誤魔化すために外に敵を作り、不満を解消させるには打って付けじゃからのぉ。
「ならば新たな政策を発表するのじゃ!その名も!バラマキ政策なのじゃ!!」
「なんですか、その身も蓋もない名前は」
確か違う名前であったと思うがなんじゃったかのぉ?地域……なんたらじゃったと思うんじゃが。
「戸籍登録されておる世帯で三歳以上五歳以下の子供がおる世帯に金をばら撒くという某政権が行ったものを真似たものじゃ!
「ちょ、ちょっと待ってください。戸籍に登録された、しかも子供がいる世帯を調べて真偽を確かめるんですよね……どんだけ手間が増えるんですか?!」
「ちなみに対象は今年より五年先までじゃ!」
「……つまり今から子作りすれば対象に?!」
「うむ!」
二重の意味でバラマキじゃな!
「まぁ大変じゃろうが仕方ないのじゃよ……これは漢王朝から全土に発布するが、実施は各州毎に任せるのじゃ。もちろん予算も州に出させる」
「なるほど、隣は金が貰えて自分達は貰えないとなると民の心は穏やかではいられないわね」
「それに対象は今年より五年先まで、つまり移住して戸籍登録をし直せば対象となるわけじゃ」
人こそ力なのは政に携わる者なら当然……当然……うん、知っておるはずじゃ。世には一人っ子政策なんていうものもあったりするが、あれは食料自給率の問題があってのこと……のはずじゃ。
ともかく、民の流出は国力低下に繋がる。だが、民の移動を妨げると評判に関わる上に今は移住を制限する方もない。だからといって不評を回避するためにバラマキ政策を実施した場合、予算と手間が恐ろしいほど掛かるからのぉ。
「お嬢様、それ、自分で自分の首を締めてませんか?」
「吾もそう思っておったんじゃが、これは割と末端に処理させる内容が多いじゃろう?吾等が携わるのは最後だけでいいと思うんじゃよ」
もっとも相応に仕事量が増えるじゃろうが……それでも戦争をするより、しかも下手したら二方面から、まだまだ動けるとは思えぬが孫策が動けば三方面から攻められるよりは随分マシじゃろうて。
そして、このような政策を知った劉備はどう思うじゃろうなぁ。
皆が笑顔で、などと言いながら自分達は何もできない……民の流出は……あるんじゃろうか?劉備の人徳次第……いや、よく考えればあの天然の要害を越えてまで来る価値があるかどうかは疑問じゃがな。
「不正の温床になりかねませんけど」
「多少は別に構わんじゃろ。それに無駄に集まっておる金も消費せんといかんし……結局巡り巡って返ってくるじゃろうが……更に言うと戸籍登録を行うものが増えれば税収も増えるしの」
ぶっちゃけて言うと、商会の資金を政府が使うという不健全な体制の現状を打破すべく税収アップも兼ねておるのじゃよ。
目先の欲にかられる者達は何も考えずに登録するじゃろうな、かっかっかっか。
……まぁ多少の税収が増えたところで商会の金を消費せねばならんのは変わりがないがの。
それにたかが五年程度の不正で稼げる金額など知れておるしの。
「お嬢様の思慮深さは中華一ですー!そして仕事を増やすのも中華一ですー!」
「うむうむ、もっと褒めるが良いぞ」
ああ、いつになったらゆっくり寝れるんじゃろ。(自業自得)