第十九話
「皆さん、お疲れ様でした。これほど盛り上がったのは皆様のご協力あってこそです。まだ幼い我が主君、袁術様に代わり、この魯粛から感謝を申し上げます」
閉会式なのじゃが、吾は表に出れぬから魯粛が指揮進行を努めておる。
参加者達も実権を握っているのは魯粛だと思っておるから特に問題になってはおらんようじゃな。
「これからも定期的にこのような催し物を用意いたしますので参加していただければ幸いです。もちろん、私達もこの度の賞品に匹敵する物を用意しておきますので」
最後の一言で歓声が沸いた。
うむ、皆素直じゃな。
賞品でなけりゃ参加せんということじゃな。
「では、皆さん。ささやかな宴を用意いたしましたので楽しんでいってください」
こうして船舶競争は終わりを告げた。上手くいったようでよかったのじゃ。
ちなみに色々なレースがあるから全ての優勝者は挙げぬが、特筆すべきチームを挙げるとすればまずは孫堅じゃな。
スピード競争では負けておったが規定された荷物を載せることから始める積載レースで見事に有終の美を飾った。
他にもネタ部門では司馬家が優勝したりもした……なんで司馬家ほどの家がそんな部門で優勝しておるのかは吾にも謎じゃ。
「郭嘉、初めての大役お疲れじゃったの。残りは後片付けのみじゃ」
ボーっと皆が宴会場に移動しておるのを眺めておったら郭嘉が近寄ってきたので労をねぎらうと……なんかめっちゃ睨まれたのじゃが、なんでじゃ?
「その後片付けのことですが……なんですか!あの書類の山は!」
ん?あれは宴の決済書や船の設計図を管理する専用書庫の増設計画書、賭博の収支などなどじゃな。
書類の山というが吾と魯粛で半分にしたんじゃぞ?
「そのせいで程立は今も仕事ですよ!」
うむ、それは可哀想じゃのう。
せっかくの閉会式を兼ねた宴だというに……そうじゃ!
「では差し入れに——」
「結構です」
超食い気味で止められたのじゃ。
むう、さすがにやり過ぎたかや?吾と言えば蜂蜜ネタじゃろ?鉄板じゃろ?さすがに飽きるかや?
「魯粛はあの三倍を今処理しておるぞ」
「袁術様は魯粛様を殺す気ですか?それともお怨みでも?」
失敬な、そんなことがあるわけなかろう。
そもそもじゃ、吾もおぬしらの二倍の量を処理しておるんじゃぞ。最近蜂蜜を食べても太らぬ理由がこの過酷な書類地獄によるものではないかと睨んでおるぐらいじゃ。
まぁ知らぬし教えておらんから仕方ないことなのじゃがな。
ちなみに最近脳筋気味になっておる関羽に任せる書類を増やしてやったのじゃ。練兵場の損害分働くとよいぞ。
関羽に仕事を押し付けたから吾も落ち着いて仕事ができるのじゃがな。無能な振りをしておるのは楽なんじゃがその後に修羅場が待っておると思えば嬉しくもない。
いっそ投げ出したいと思ったことは数知れず……正直、今の金蔵の2つや3つ持ち出すだけで一生生活には困らぬ。袁術エンドの定番である養蜂をしながら過ごすのも良いなぁ。
まぁ現実逃避でしかないがな。
「まぁ魯粛が反旗を翻す時は吾が死ぬ時なのは間違いないのぉ」
「そんなにあっさりと言っていいのですか」
事実じゃから構わんじゃろ。
そもそも魯粛は吾や七乃を殺した上に完全犯罪とし、南陽を乗っ取るぐらい朝飯前の洗顔か歯磨きである。そんなもの警戒するに値せんぞ。警戒してもどうにもならぬからな、ヌッハッハッハッハ。
「それで郭嘉、それを言うだけにここに来たのじゃなかろう?」
「これに関してです」
「おお、天下一武闘会か。今度もおぬし達に任せたぞ」
「間違いではなかったのですね」
あ、郭嘉が真っ白く燃え尽きたぞ。
船舶競争で各地の豪族と顔合わせすることもできたし、何より三羽烏と甘寧に会えたのは大きい。
三羽烏と甘寧の勧誘は今からが本番であるが、豪族達から使えそうな者達や多くの船大工を引き抜くことにも成功した。
少し経てば豪族達の紐付きとはいえ、文官も育つじゃろうし、船大工達のおかげで水軍の充実を狙える。そのうち外洋航行も可能な船が欲しいが……それ以前に外洋に面する領地が必要じゃろう。
一番の有力な地はもちろん揚州じゃが、まぁそのうちじゃ。
「楽進様、李典様、于禁様をお連れいたしました」
「うむ、通すが良い」
さて、この三羽烏の引き抜きに関しては関羽や郭嘉、程立ほどの歴史的影響力はないじゃろう。
この三人は確かに有能ではあるが原作の魏という括りの中ではあまり大きな存在ではない。
何より華琳ちゃんの配下を調べてみると最近になって原作では登場しない曹仁や曹洪、曹純、そして華琳ちゃんが結婚、妊娠もしておらぬのに存在する曹昂などが存在しておる。
曹チート勢揃いじゃな。曹純と曹昂は若干ステータスが低いがの。
この調子じゃと曹丕なども出てくるんじゃろうか?
何にしても人材が充実しつつある華琳ちゃんに三羽烏がおらんでも問題なかろう。と吾が勝手に判断を下したのじゃ。
吾のところの主要人物なんて吾、七乃、紀霊、魯粛しかおらんのじゃぞ。他は客将じゃからノーカウント……多少分けてもらってもいいじゃろ。
「し、失礼します」
「し、失礼するでー」
「し、失礼するなの」
三人揃って見事に緊張しておるな。
まぁ吾に失礼な態度をとれば一族を皆殺しにされかねないほどの権力者じゃからな。吾でも緊張する……はずじゃ。多分。
それにしても……うん、思い出したぞ。
この薄着の巨乳が李典で、眼鏡が于禁じゃな。真名までは思い出せんがそれは預けられるまでは問題にならぬからな。
ちなみに原作で真名を許可なく呼べばたたっ斬られるという話があるが、預けられた真名を忘れた場合もかなり失礼なことになるので要注意じゃ。
まぁ真名に限らず名前を忘れることもかなり失礼じゃがな。
「まずは自己紹介を頼もうかの」
そして予想通り、傷だらけの少女が楽進文謙、露出狂気味なのが李典曼成、眼鏡っこが于禁文則であった。
実はこの中で一番活躍を知らんのは李典じゃったりする。楽進は蒼天航路で印象的であったし、于禁は実直で完璧に実績を積んできたのに荊州を攻めてきた関羽に降伏してしまって株価暴落したことなど軽くは知っておるが、李典は何をしたんじゃろうな?
まぁ今は一番欲しいのは李典じゃから別に良いか。
「うむ、おぬしらを呼んだのは他でもない。おぬしら三人、吾に仕えぬか?」
三人は目を見開いてめっちゃ驚いておるな。
まぁ、船舶競争では成績はそれほど奮っておらんかったから驚いて当然やもしれんな。
「楽進には武官見習いとして」
これは楽進もわかりやすいから納得できるじゃろう。
実際、ご評価ありがとうございます。と頭を下げておる。
「于禁には魯粛の護衛兼商会の月刊雑誌呉夜(クレヤ)の助っ人をしてやって欲しいのじゃ」
「ええー!呉夜って最近阿蘇阿蘇に対抗するお洒落雑誌!!その助っ人?!私が?!」
「うむ、おぬしが阿蘇阿蘇を愛読をしておるのは調べがついておる。敵を知り己を知れば百戦危うからずとも言うからの。ぜひとも意見を聞きたいのじゃ」
そちら方面で役に立たなかった場合は原作同様教練に参加してもらうしの。
「そして、李典。おぬしにはからくりをじゃんじゃん作ってもらいたいのじゃ」
「からくりを……」
「うむ、吾の配下にからくりを作るものがおるからそやつと協力して色々作ってもらいたいものがあるのじゃ」
兵器などはもちろんじゃが洗濯機や水を汲み上げるポンプなどもあれば便利そうじゃよな。
もっとも吾が洗濯や水汲みなどする機会はないので恩恵は少なかろうけども。
「からくり……うちのからくりが役に立つんか?」
む、どうしたんじゃ?なんか落ち込んでおるのに希望に輝くという相反する瞳をしておるぞ。
話を聞いてみると……どうやらからくりに関して思い悩んでおったようじゃ。
この時代、からくりなんぞ何かの役に立たなければただの無駄、特に田舎であれば……いや、この時代なら何処の者でも変人扱いするのが当然か。
からくりは作りのに時間も手間も金も掛かる。故に周りに理解されるどころか疎ましく思われ始めていたそうじゃ。
唯一の救いは共におる二人の友人の理解であったそうな……原作では比較的明るいキャラじゃったはずなんじゃが、苦労しておるんじゃのぉ。
「うむうむ、吾の下ならばそのようなことはないぞ。それでどうじゃ?良ければ働かぬか?」
思ったより簡単に勧誘できそうじゃな……と思ったが三人がお互い顔を合わせるのを見て改める。
李典と于禁は割りと乗り気のようじゃが楽進の反応がイマイチ。
どうやら二人と違って楽進は自分が評価されてのことではなく、李典と于禁のおまけで勧誘されておるように感じておるのかもしれん。
よし、とりあえず——
「おぬしらを雇うかどうか、給金を決めてからでも遅くはなかろう。金が全てとは言わぬが金がなければ生活もままならんからな」
スキル『金にものを言わせる』を発動じゃ。
「まずはこれは一束十貫じゃ」
と銭の穴に紐を通した束を一つ、机に置く。
その段階で楽進が顔を顰めた。わかるぞ。いきなり金の話をするのは武人相手には悪手じゃ。
「これから」
カチャン。
「机に」
カチャン。
「置かれる」
カチャン。
「のは」
カチャン。
「おぬしらの」
カチャン。
「給金」
カチャン。
「じゃからな」
カチャン
どうした?三人揃って顔色が悪くなっておるぞ?
「あの、その、これは本気なの?」
「もちろんじゃ」
カチャン。
「のおぉ?!」
「う、うちらのことこれほど高く買ってくれてるんか?」
「でなければ」
カチャン。
「これほど出さぬぞ?」
カチャン。
「ちょ、ちょい待ちぃ!いくらなんでも——」
「少なすぎるか?大丈夫じゃまだまだ乗るぞ」
カチャン、カチャン、カチャン。
「ひぃぃぃ、違う、違うんや!そうやないんや!」
「私達殺されるのぉ」
李典と于禁はこんらんしている。
しかし、楽進は平気……ではないようじゃな。身体が震えとる。
「ああ、言い忘れておった」
吾の言葉に三人の視線はこちらに向く。
その視線には「やはり裏があるのか」という警戒と疑心が多分に含まれておるな。
失礼なやつらじゃ、吾がそんなことするはずがなかろう。そんなことするぐらいなら最初から言っておるわ。
「これ、おぬしら三人の給金ではなく、一人の給金じゃからな」
「「「勘弁してください(なの)」」」
む?なんでじゃ?心が折れたようじゃぞ?欲しい言葉とは違うし……む、そういうことか!
「心配するでない。からくりの製造費は経費で出るぞ。それにお洒落がしたいならそれも経費でよい。楽進も欲しい武具があれば——」
「「「本当に申し訳ありません」」」
とうとう于禁の「のぉ」まで無くなったぞ。
それに……申し訳ありませんということは断られたのか?
とりあえず邪魔じゃから机においた金を片付けるとやっと三人は平常に戻ったようで、改めて勧誘すると快く受けてくれたぞ。よかったよかった。
「では今月からあの給金で良いな?」
「……つかぬことをお伺いしますが、先程のは年給ですよね」
「何を言っておる当然……月給に決まっておろう」
「…………」(ドサッ)
「ちょ、なぜ倒れるのじゃ?!これこれ于禁も李典もよろよろするでない!」
何がいけなかったのかわからぬから後で魯粛と話を詰めてもらうことにしたが……給金が端金になっておった。さすがに冷遇し過ぎてないか?すごく不安じゃ。
まぁ正規雇用出来たのだから良しとするか。
続いて甘寧じゃな。
それにしても相も変わらず際どい格好じゃ。もう少し自重すればよかろうに……それに上半身と下半身の服装のギャップがあり過ぎじゃろ。上は温そうなのに下は寒そうじゃぞ。
「それで返事はどうじゃ。仕えてくれるなら提示した額の倍、いや三倍、いや四倍……んー十倍程度出しても良いぞ」
(この子の金銭感覚はどうなっているのだ!)
まぁ多少高くつくが甘寧が配下となってくれるならば安い買い物じゃ。本当はもっと出しても良いのじゃが他の者とのバランスもあるからのぉ。
そういえばなぜか関羽に給金を上げると言ったら素気無く断られたのじゃがなぜじゃろう?近々出て行く気なのかと思って聞いてみたがそういうわけではないというし……謎じゃ。
「大変失礼ではありますがしばしの間食客として遇していただけないかと——」
「良いぞ」
食客ってつまり客将のことじゃろ。全然okじゃ。
唯一の問題は甘寧が孫家に引き抜かれた場合、吾等の内情がモロバレになることじゃが……内情が相手に伝わればおそらくここを攻めてこようとは思わぬじゃろう。
南陽は商会の力で全てが成り立っておる。そして孫家がもし攻めてきて占領しようものなら商会は全撤退して経済破綻をさせればアッという間に蜂起となるという仕組みが出来ておる。
つまり南陽を領地とするには経済を自分達で全負担して耐えられるような財政が必要になるのじゃ。
これが吾が用意した究極の防衛策なのじゃ。
もっとも民が干上がっても気にせぬ蛮族が如き者には通じぬがそんな者に吾等が負けるわけもなし。
「ハッ、ありがとうございます」
「うむ、じゃがすまぬが給金は減ってしまうが構わぬか?具体的にはこの程度じゃな」
(ほとんど変わってない……いや、違う。勘違いするな。数字だから惑わされているだけだ。この一桁の数字が変わっただけで私達が二年は遊んで暮らせる金額なのだ。決して端金ではない)
何やら葛藤しておるようじゃが……減らし過ぎたか?しかし客将だとこれぐらいにしておかねばならぬと魯粛からきつく言われておるからのぉ。
「問題ありません。よろしくお願いします」
「うむ、こちらこそよろしく頼むのじゃ。まずは近いうちに水軍を用意するでの。それの教練を任せることになる」
(まだ水軍がなかったのか……というかもしや今回の催し物は船の情報集めか?!しかし、それにしても船ができるのが早過ぎる)
近いうちというても3ヶ月は掛かるじゃろうなぁ。
今回得た設計図通りに船を作るならもう少し早くできようが、せっかく李典が仲間になったのじゃから早速頑張ってもらいたいからのぉ。
どんな物ができるか楽しみじゃ。
そういえば、船を作る時は小型の模型を作って試せばシミュレーションになると以前どこかで聞いたから試してもらうかのぉ。
「ああ、それと……郎党に関してはあまり口出しせぬが、吾に仕えようとする者を押し留めるようなことはせぬようにな」
「もちろんです」
本当かのぉ?疑っても仕方ないのは分かっておるが組織から抜けようとするのは裏切りと同じということで随分手荒い送別会が行われるのは目に見えておる。
この時代の組織なんぞチンピラや不良グループとそんなに変わらぬからの。
甘寧が知らぬところで行われる可能性もある。
定期的に面談をするように魯粛にも言いつけておくか。