第二百二話
「……改めてこうも財力を見せ付けられると嫌になるわね」
眼の前に積み上げられた……いや、未だに積み上げられている銭束が詰められている箱を見て、賈駆は身震いする。
自分がもし反袁術連合に参加し、敵対していたならどうなっていたか、想像して自分の不運体質も相まっておそらくそれ以上に悪い状況に陥ることになっていたのではないかと思ったのだ。
しかし、それは過大評価である。
金だけは有り余る袁術だが、人材不足、民への負担を最小限に押さえる政策などで総動員していなかったこともあるし、何より馬家に賈駆や呂布、張遼に華雄が加われば良くて激闘、下手をすれば洛陽が陥落する可能性もあった。
そもそも董卓が参戦した段階で曹操は袁術との密約を破り、袁紹を手助けしていただろう。そうなればさすがの袁術でも勝てるかどうかは怪しくなる。少なくとも大苦戦は免れないのは確実だ。
「はー、すごいもんやな。これ、全部子供のおる民に配るんやろ?よくそんなこと袁術が認めたもんや。噂通りなら蜂蜜代に使いそうなもんやのに」
「このお金が氷山の一角だってことね。そもそも蜂蜜専用の倉庫が十以上あると聞いたことあるし、それそのものが財産だから蜂蜜は無駄にならないわよ。何より、これ……涼州以外の州にも用意したのよ」
「袁術、恐るべし」
賈駆と張遼は二人揃って慄く。
それを見て、つい董卓は一言漏らす。
「でもこれほど民のための政策は聞いたことないです」
「それは昨日説明したけど、袁術……いえ、魯粛の狙いは他勢力への攻撃で——」
「裏に何があっても、民のためになることには違いないよ?それに、戦争なんて無いほうがいいし」
「……そうね。何処かの皆の笑顔のためにっていう胡散臭いことを本気で言っているやつよりは分かりやすくていいわね」
劉備の大義と行動を知って、その矛盾に理解ができない賈駆はそうつぶやいた。
曹操のように分かりやすい自己の野心ならばともかく、劉備は皆のためと叫びながらもその皆を犠牲にしている。
もちろん必要な犠牲というのは存在するのは賈駆にも理解できるが、既に大勢は決している……そもそも益州だけで大陸の半分以上を手にしている袁術に対抗できると思っているのか、対抗して未来があるのか。
退くに退けなくなったのだろうけどね。と賈駆は思考をまとめる。
「袁術、良い人」
「そりゃあんだけ贈り物されてる恋っちにとってはそうやろうな」
今までボーっとしていた呂布が一言呟くと素早く張遼がツッコミを入れる。
袁術は個人の武で軍に匹敵する呂布を恐れ、知り合って間もない頃からずっと呂布に贈り物をしていたのだ。
その総額は涼州の年間予算など軽く上回るものであるのだが、それは貰っている本人である呂布も、贈り物をされているという事実を知っているだけに過ぎず、現物を見たことがない張遼や賈駆、董卓も知らない……つまり、この場にいる誰も知らない。
「音々にも必ずおやつをくれる良い人なのですぞ!」
もちろん、呂布の世話係兼姉妹のような存在である陳宮を放置するはずもない袁術はこちらにも贈り物攻勢を仕掛けていた。
ちなみに董卓や賈駆、張遼、華雄などにそのようなことはしていない。彼女達に贈り物をすると穿った捉え方をされる可能性があるため、袁術は最小限に止めていた。他とは違い華雄は、本人は特に気にしないだろうが周りに疑われることも考慮している。
その点呂布は本人も気にしないし、周りが疑ったところで呂布は気にもしないであろうと読んでの行動である。陳宮?所詮おまけなので気にしていない。
「やっぱりこっちは魯粛が、そっちは袁術の懇意なんやろな」
そう張遼が結論づけ、賈駆も頷いて
実はどちらも袁術の戦略であると知ったらどう思うか……まぁ知らない方がいいことは世の中に腐るほどあるということだ。
実際、今回呂布は結果的には袁術の擁護し、陳宮も追従している段階で贈り物攻勢は成功していると言える。
しかも、結構無警戒なところがある董卓はともかく、賈駆や張遼などにそれを知られた上で警戒させないところまで浸透させているのだから効果は大きい。
「ふむふむ、今まで戸籍登録されておらんかった少数民族達の一部の取り込みも成功しておるようで何よりじゃ」
なんだかとても久しぶりの登場な気がするが……なぜじゃろうな?それはともかく、戸籍登録者がバラマキ政策のおかげでここのところ増加しておる。
やはり、物理的メリットがあった方がハードルが下がるようじゃな。
今までは社会的地位ぐらいしかメリットがなく、むしろ自分達の民族内で一生を過ごす彼らにとってメリットは小さく、納税義務や労役などのデメリットの方が目立っておったから当然といえば当然じゃな。
もっともそれでも本当に極々一部であるが、その一部を足掛かりに民族特有の文化などが知れるため、これからの取り込み政策もやりやすくなるのじゃよ。
「それに奴婢(ぬひと読む、簡単に言うと奴隷階級のこと)の解放なんてさらっとすごいことををしますよねー。お嬢様は」
「まぁ解放と言っても吾等が買い取っておるだけじゃがな」
「それでも給金を払う計算で買い取った値段分の倍額に達したら解放するんですよね?十分すごいことですよー」
いやいや、買い取りの倍額って段階ですごくないからの。だってその金額、一代や二代跨いだところで払いきれん金額じゃからの?
そう、つまりは世代に渡って借金返済をする義務を押し付けておるようなもんじゃな。
ぶっちゃけすぐ解放しても良かったんじゃが、やはり相応の対価を求めんと際限がなくなるから仕方なく、こういう形にしたんじゃ。
特に若い、子供を対象に引き取って教育を施しておる……んじゃが、これ、大丈夫じゃろうか?普通の民が奴婢より教育されておらんことになるんじゃが……まぁ既に孤児で同じことをしておるし、気にすまい。
「おかげで数年後には人手不足が解消されるかもしれませんねー」
「そうじゃな。才というのは階級なんぞ関係ないことがよく分かるのじゃ」
奴婢の中にも天才と呼ばれる者がおり、凄まじい勢いで成長しておるから将来が楽しみじゃ……謀反とか起きないように祈っておくかの。
あ、それと先程言ったことは名族や豪族に知られればバッシングされるのでオフレコで頼むぞ?