第二百四話
<孫権>
なんだか神妙な顔つきでお嬢様に呼び出された。
ここに務めてそれなりに経って仕事にも慣れてきたという自負がある。だからお嬢様に直接呼び出されるような失敗はないと断言できる……はずよ。多分……ないわよね?
ハァ、さすがに呼び出されることなんていつものことなんだけど、あの表情は明らかにいつもと違ったのよ……ハァ、ちょっと緊張する。
くっ、い、いつもなら簡単に入れる扉が今日は大きく、重く見える。これが難関というやつね。
「……さっきから待っておるんじゃがいつ入ってくるじゃ?」
「ひゃぁ?!」
「可愛い悲鳴じゃな。ほれほれ、とっとと入るのじゃ」
ま、まさか気づかれて——あ、ちょっと待ってください!って、手を引っ張る力が思った以上に強い?!これも蜂蜜の力なの?!
「ほれほれ、ここに座るのじゃ」
「え、あ、はい」
い、一体何なの。どういうことなの。私はいつもは使用人という立場(役職にも就いているが本人は実力ではないと不本意)なので書類仕事の時以外は基本的にお嬢様の後ろに立って控えているべきで——
「よっこりゃしょっと」
「お、おおおおおおおおおおおお嬢様?!」
な、な、な、なぜ私の膝の上——し、しかも……対面……だと?!
お嬢様の御足が——ち、近いっ?!お嬢様の匂いが——お嬢様の——
「孫権」
「は、はいぃい!」
「吾の目を見よ」
混乱の最中にある私は言われるままお嬢様の瞳を……ああ、美しい……まるで色深き翡翠のよう。
「孫権」
「は、はい」
ま、まさかのこの雰囲気……まさか真、真名を預けて下さるのでは————
「おぬし、最近どうもおかしいぞ」
「え?」
「最初は気のせいか、疲れておるのか——」
お嬢様?一体なんのこと——
「それともこの前、吾が負傷したことを気にしておるのか」
————ダメ、イマはオ嬢様ガ目の前ニ————
「ぁ」
「ふふ、大丈夫と言ったじゃろ?おぬしはいつまで気にしておるんじゃ。その気持ちは嬉しいがの?それに最近、おぬしはどうも暴走気味じゃぞ?」
「————ッ!」
な、な、なななな、お嬢様のお、おでこが私のおでこと——ち、近いです。近すぎますよ。あ、蜂蜜の香りとお嬢様の香りが合わさってなんだかとてもいい——
「あまり暴走しておるとおぬしの姉と同等になってしまうぞ」
「……それは、嫌、ですね」
正直っ、何を言われているのか、頭に、入って、きてない。
返事、ちゃんと、できてる?
「孫権は十分以上に頑張っておるぞ。だからこれ以上頑張る必要は…………必要は…………すまぬ。約束できん!しかしじゃ!今はその時ではないのじゃ!」
「わかり、ました。これからは気をつけます」
「うむ、孫権はいつもの孫権であれば良いのじゃ」
私の何がいけなかったのかわからないのだけど、お嬢様が心配しないようにしないようにしなくては。
そう、心配事はスベテトリノゾケバモンダイナイデスヨネ?
(気のせいか?今、孫権の瞳に闇が宿ったような?)