1月25日に800文字ほど加筆しました。
描写を増やしただけでストーリー自体は変更はありません。
第二十話
「そういえば孫堅」
「ん?なんだ」
「おぬし、いつになったら娘達を連れてくるんじゃ?」
「お、なんだ。嬢ちゃんは女が好みか!まあ、名門には珍しくはないが趣味が悪いな」
「酷い流言をするでない」
いや、女性が好きなのは事実なんじゃがな。
逆に男が好きとか……┌(┌^o^)┐
と言うか、おぬしの長女はその悪趣味に片足以上に突っ込んでおるんじゃが……ん?まだ若いから手を出しておらん可能性もあるか。
まぁ周瑜ほどの美人じゃと同性でも魅了してしまっても不思議はないがの。
「冗談は置いておくとして、長女が近いうちに初陣を飾る予定だからな。それが終わり次第連れてくるさ」
「おお、やっと連れてくる気になったかや」
「ははは、さすがに私も人の親さ。ここに連れてくるには障害が多いからな」
ふむ、なるほど。
劉表のくそじじぃや反対勢力の妨害を心配しての配慮か。
守る対象が孫堅だけなら自身の戦闘力もあって安々とは負けぬであろうが、守る対象が子供……しかも孫策のように無鉄砲なやつじゃと不安にもなるかの。
それに孫権の年齢では孫堅と孫策に万が一があれば孫家滅亡のカウントダウンじゃしな。
「しかしおぬし自身気をつけるのじゃぞ?おぬしが死ねば孫家は路頭に迷うことになるからの。まだまだ長女は若いのじゃろ?」
「ハハッ、私がそう簡単にくたばるわけないだろ!まぁ孫策が若いのは事実だがな。成長すれば私の跡を……継ぐのはちょっと無理か?あいつ、直感で動き過ぎるし、何より武に酔ってるからな」
この頃から既にバトルジャンキーだったんじゃな。
このまま孫堅が生きているならば吾の支援の下で揚州を治め、孫策が軍を率い、孫権が政を行うのがいいかもしれん。
「ならなおさら十分に気をつけるんじゃぞ」
「お、おう。今までにないくらい本気(マジ)な顔だな。わかった、気をつける」
本当にわかっておるか?歴史上、原作上、そしてさっきとフラグが立ちまくりじゃから凄い不安なんじゃが……本当に心配じゃ。
「まぁ、私に何かあったら娘達の面倒ぐらい見てやってくれや」
「……債務者が債権者に頼むことではないのぉ」
おい、これ以上フラグを立てるんじゃない。更に嫌な予感が増すじゃろ!
<孫堅>
ハハッ、まさかこれは嬢ちゃんの忠告を軽くみた罰か?それとも実は嬢ちゃんはこれを知っていての忠告だったのか?
何にしても愚かだな。私。
「孫堅の首を取れ!」
「くそ!一振りで十人は殺してやがる。化物め……相手は少数だ!囲んで数で押せ!」
「槍!網!弓!とりあえず近寄らずに仕留めろ!」
敵の数が多い、それに明らかに練度が賊ではない。
この腐敗した世であるとはいえ平和な現状でこれほどの勢力は本来ありえん。
集団ではなく、軍と呼べる規模ともなれば蛮族の討伐以外だと謀反の疑いで朝廷の監視に知られ、濡れ衣であろうと謀反の一族の財産という甘い蜜を得るために、討伐軍が結成される。
民の蜂起ならまだわからなくもないが練度と装備の質がそれを否定する。
そして普通に考えれば一番有力な相手である蛮族、山越だが……こんな内陸部に山越?ありないだろ。となると——
「そんなこと決まっているか、それに今はどうでもいいことを考えてる場合でもない」
活路を見出さなければ私達は死ぬ。
こちらは百、相手は正面に五百と動きからしてどこかに兵を伏せているな。感じる気の量から三百というところか。
幸い、敵にはまとめる将はいるようだが武の将はいないようだ。
攻撃を私と祭、他は守りを固めれば時間も掛かるし被害も多くなるがどうにかなるはず——
「構えぇ!」
その声が聞こえた方を見る。
弓かと思って用心したが、そこには五十ほどの……弩か?!裏で糸を引いている奴は間違いなく私を殺しに来ているな。
現在弩の生産は一部の特権を持つ者達だけに許されているが他は規制されている。かく言う私も生産することはできない。
もちろん内密に製造することぐらいできるだろうが、それがバレれば一族郎党刈り取られる。
つまり、目の前の者達はそんなものまで持ち出して私達、いや、私を殺しに来ているということだ。
「放てぇ!」
「防げ!」
一言だけで十分だ。
今率いているのは精鋭、これだけで指示は行き届く。
くそ、盾があればいいがこんな戦いを予定してなかったから備えがない。つまり切り払うことによってしか防ぐ手立てがない。
まずは弩を片付けないと被害が広がる。
行くか——
「交代、構えぇ!」
ちぃ、随分用意周到なことだ。
これでは前に出れん。
弩の矢玉は弓のそれとは違い、必ず平行に飛んでくる。
平行に飛ぶ矢は山なりに放つ弓と比べると射程は短くなるが威力が段違いだ。
私達の兵が精鋭とはいえ、これほど速いと切り払って防ぐのは更に難しくなる。
その証拠に弓兵の射撃なら手傷で済む、悪くて二、三人程度の兵が死ぬ程度なのに対して、今の一射で十人ほど倒れ、陣形が乱れる。
これで始めから厳しい戦いであったが更なる苦戦が確定した。
しかも、祭の方でも陣が乱れているのを感じる。おそらくあちらにも弩が配備されているのだろう。
「黄蓋!後退して態勢を整えるぞ!」
「しかし堅殿っ!」
「わかっている!しかしこのままでは崩れる!」
黄蓋の懸念はわかる。
後退する空間は確かにある。しかし、その空間があるというのは明らかに誘いだ。
私を殺しに来ている以上包囲することが最上、にも関わらず逃げ道がある。この矛盾から導かられる答えは伏兵、実際気を感じるのはその方向だ。
だが、空間があるのは事実で今態勢を整えなければこのまま押し潰されるだけと選択する余地がない。
祭も理解はしているのだろう、次の言葉は兵達に後退を指示するものだった。
これ以上陣形が乱れぬように後退し、陣形を素早く立て直そうとしていると案の定、下がっている方向から伏せていた敵兵が詰めてきているのが目に入る。
「堅殿!後方の敵を突破するぞ!」
なるほど伏兵の先に伏兵はいないと読んだか、気も感じないしそれでいこう。
「よし、者共続——ごふっ?!」
身体から焼けるような痛みが……刺された、か。
「堅殿おぉ!!」
「祭、将が慌ててはならない……とあれほど、ハァハァ、言っただろ」
ハハッ、まさ、か……内部に敵がおるとは、な。
これは、臓に届いておる、か……もう助からぬ……だが!
裏切り者を斬り捨て、南海覇王を掲げて叫ぶ。
「皆の者、私はもう長くはない!その上で皆に頼みたい!私を、私の首を賊などに渡すな!そして私の愛する娘の元へ届けて欲しい!」
「な、泣くな!泣いておる場合ではないぞ!孫家に仕える友にして強者達よ!堅殿最後の願いぞ!今こそ力を示せ!」
祭、おぬしが泣いておっては示しがつかないぞ。
それにしても……ふはははは、まさかこのような場所で私の最後になるとは思わなかったな。
策、権、尚香、おぬしらに残せるものがないなぁ……いや、まだ私にできることがある。
「祭、私の死後は袁術の嬢ちゃんを頼れ!悪いようにはせんだろ。なんだったら尚香を袁家に入れさせろ」
「……わかりもうした」
最後の言葉に祭は顔をしかめているが孫家のためだ。
私も嬢ちゃん以外の袁家なんて信用していない。成り上がりな私達にとって名門名家など信用できる相手ではない。
しかし嬢ちゃんなら任せられる。あの堕落的で、甘くて、かと思うと時々厳しいあの嬢ちゃんなら。
ははは、嬢ちゃんに文句言われるかも……いや、確実に文句言われるだろうな。しかし、その頃には私は聞いてやれない。これぞ勝ち逃げだな。