第二百九話
「袁術様!袁術様!」
「誰じゃ。この忙しい時——に?……ん?誰もおらんぞ?」
念の為影達の通路となっておる天井や床なども確認してみたが誰もおらん。いや、護衛の影達がおったが声を掛けていないという……幻聴か?まだ五徹しかしておらんのじゃが……やはり少し休んだ方が良いじゃろうか。しかし、休むとまた書類の山が増えてしまうしのぉ。具体的には一時間で五メートル級の山が三つほど積まれるのじゃ。ちなみに積み方はキャンプファイヤーの薪のような組み方をしておる。実は崩すのも一苦労じゃったりする。
「袁術様!」
「む、よく聞けばこの声……聞き覚えがある……というか周泰の声ではあるまいか?」
「そうです!そうなんですよ!」
「おぬし、何処におるんじゃ?いくら隠密とはいえ、ここで姿を隠さんでも……」
「眼の前、眼の前にいますよ!!」
「……?周泰、おぬしは真面目なやつじゃと思っておったが……そのような雑な方法で吾をからかうとは……」
董卓のところには悪巫山戯要員はほとんどおらんはずなんじゃが……中途半端に脳筋化してしもうたんじゃろうか?
「違うんですよ!!悪巫山戯じゃなくて本当にここに、眼の前にいるんですよ!」
……さすがに引っ張り過ぎじゃと吾は思うんじゃ。
「ふえぇ、袁術様〜……あ、そうだ。ほら、ここに私はいますよ!」
「おお?!ふ、筆が浮いておる?!ここに来て芸が細かい!」
「芸じゃありませんってば!ほら、筆の柄を触ってみてください!」
「全く、妙なところに拘——ん?なにか触る……いや、これは指かや?」
「そうです!それは私の指なんです!!」
「しかし……触っておるのは間違いないが、全く見えんぞ?どういうことじゃ?」
現代でもこのようなことができるとはとても思えんが……ああ、そういえばパソコンというかコンピュータで質感を再現するものが一時期話題になっておったような?……まぁ完全に余談じゃな。
「それが恋さんに気配の消し方を教えてもらっていたんですけど、いつの間にかこんなになっちゃったんですよー」
そういえば報告書に周泰の姿が見えなくなってきたとあったが、気配を消した結果ではなく、まさかの通常状態での話か?!
それと、さり気なく呂布を真名で呼んでいるあたりよほど親睦を深め……いや、よく考えれば呂布は割りと簡単に真名を預けておったか。それを証拠に吾にも真名を預けてくれておるしの。
それに動物愛好家の二人じゃし、仲良くならん道理はないじゃろう。
ひょっとすると陳宮とも、ひょっとすると張遼とも交わしておるかもしれんな……って問題はそこではないの。
「むむむ、諜報活動には便利かもしれんが日常生活では不便そうじゃのぉ。道路を歩いておっても誰も避けてくれんのじゃから」
「いえ、それは屋根の上を移動すれば苦になりませんよ」
それはそれでどうなんじゃ?まぁ姿が見えぬのじゃから問題がないようなあるような……何処かの光学迷彩みたいに雨に濡れると姿が見えたりせんのじゃろうか?
「問題なのは……問題なのは……お猫さまに気づいてもらえないことなんです!」
「……」
「私のような者がお猫さまのお目を煩わすことなど烏滸(おこ)がましいことは百も承知です。ですが!!あの、何?何なの?!という警戒する仕草!!何よ〜今はとっても眠たいの〜という胡乱な瞳も!!気づかれてこそのものなんですよ!!」
「お、おう、そ、そうじゃな」
「なのにお猫さまに気づいてもらえず!!あまつさえ!!何もないように目の前を素通りされる時の悲しみ!理解できますか!!」
「あっはい」
なんかお猫さまへの信仰心までレベル上がっておらんか?呂布は動物愛好家の訓練までしておったというのか?!
「それで袁術様!どうにか出来ませんか?!」
「え、そこで吾?普通呂布に頼むところじゃろ」
「それがよくわからないそうなんですよ」
だからといって吾に何ができるというのか。というか周泰も何を思って吾なら解決できると思ったんじゃ?
そもそも武術のことなんぞ吾はとんと知らんぞ。
「袁術様はいつも目立ってるじゃないですか!だからそれを真似ることができれば!!」
吾、そんなに目立っておったか?何より教えるとして何を教えればいいんじゃろ?
とりあえず——
「蜂蜜でも食べて落ち着くのじゃ」
「あ、頂きます」
うむ、やはり吾のことを学ぶとするなら蜂蜜から始まり蜂蜜で終わるのが流儀じゃろ。
しかし……どうしたものかのぉ。