第二百十話
さて、周泰の存在感を取り戻す方策じゃが……
「まずは気合いじゃ!」
「わかりました!!」
え?わかったのかや?吾自身テキトーに言ってみただけなのじゃが?
「ハアアァァ!!」
おお、凄い気迫を感じるのじゃ……む?!少しだけ周泰の姿が見えて——
「プハァァ」
「ああ?!また見えなくなってもうたぞ」
「効果があったとしてもこんなに本気で気合いを入れないといけないならずっとは無理ですぅ」
まぁそうじゃろうな。それだけの気迫であったからの。
「おまけに言うと、そんなに気合いを入れておってはお猫さまに逃げられるぞ」
「それでは意味がありません!」
本当に猫本位じゃのぉ。それでこそ周泰であるがな。
「それでは次じゃな。……ところで周泰、おぬしは水の上を走れたりするか?」
「試したことがないのでわかりません。それにどうやって走るのですか?」
「そうか……まぁ原理は難しくないぞ。水につけた足が沈む前にもう片方の足を踏み出す、これだけじゃ」
うむ、改めて原理だけ聞くと簡単そうじゃな。
もっとも通常の人間には不可能じゃが。
「わかりました!試してみます!」
普通ならなぜ、どうしてなど疑問を懐くものじゃが周泰は吾の家臣の中では少数派である体育会系であり、上意下達を体現しておるな。姿は見えんが。
ちなみに他の家臣は企業戦士(ブラック)系じゃな。
「では、あの噴水をとりあえず往復してみよ」
なんとなく戯れに作った噴水じゃが、それは現代で言う九レーンの二十五メートルプールよりも広く、そして帝がなぜか甚く気に入っておるものじゃ。
ちなみに貯水池の役割も兼ねておるから戯れだけではないぞ。決して後付の理由ではないのじゃ。
「では、行きます!」
正直なところ、水の上を走るなど本当に出来るのか疑問であったが——
「意外とどうにかなるものですね。でも不思議な感覚です」
マジカ。
まさか本当に走れるとはのぉ。
姿こそ透けておるから見えぬが、水面を見る限りでは表面の水が乱れることはあってもそれが凹むことがほとんどないことが見て取れるのじゃ。
「で、でも……これは、少し辛いですね」
そらそうじゃろうな。それが目的でこのような無茶をさせておるわけじゃし。
周泰が万全の状態であるから無意識にでもこのような透明人間状態を維持できておるがひょっとすると疲労の蓄積によってその状態が解けるのではないかという試みである。
ちなみになぜ水上走りなのかというと可能であればかなりの労力が必要であるじゃろうと思ったからじゃ。まぁ本音はなんとなくそんな気がするという程度じゃがな。
「ほれほれ、頑張るのじゃ!お猫さまが待っておるぞ!!」
「は、はい!頑張ります!」
とりあえず周泰が走っておるので吾は手持ちブタさんになったので周泰の頑張りを眺めながら本来の仕事を片付けるとしようかの。
たまには外で仕事をするのも良いじゃろう。
ふむ、やはり狭い場所(執務室の面積は五十坪以上あるが書類に埋め尽くされている)に長々と引き篭もるのは駄目じゃな。知らぬ間にストレスになっておるようじゃな。
しばらく仕事をしておるとバシャバシャという水が弾ける音がいつの間にか止んでおったのでそちらを確認すると——
「姿が見えぬのに遠目から見ても気づくわけない——って周泰?!大丈夫かや?!」
いや、姿が見えたわけではないぞ?ただし、水が人型に凹んでおっただけなのじゃが……それが身動き一つせんということは気を失っておるのでは?!
しかも声を掛けても返事がないぞ?!
「死ぬかと思いました」
「うむ、吾も死ぬほど驚いたのじゃ」
幸い、すぐに意識を取り戻したが……姿がはっきりせぬから救急行為すらも行うのが難しかったので助かったのじゃ。
ちなみに人工呼吸などはしておらんのじゃ。うら若き乙女にそのようなことをせずに済んで良かったのじゃ。
「では次じゃな」
「でも流石に今日は疲れました」
「心配するでない。次は風呂じゃ」
「お風呂ですか……その心は?」
「これを使うのじゃ」
「なんですかそれは」
「匂ってみると良いぞ」
「う……く、臭いですっ!」
まぁそうじゃろうな。
日頃から諜報員として活動している周泰はこの手のものを避けておったじゃろうからの。
「これは香油じゃな。これを使えば匂いで姿が見えずとも認識はできるようになるじゃろ!」