第二百十一話
ということで風呂に向かっておるんじゃが——
「よくよく考えると吾が同行する必要はなかったの」
「いいじゃないですか。ついでに一緒に入りましょう!お背中流しますよ!」
……いや、それは色々と!本当に色々と困るんじゃが?!しかもお互いにの!
「これでも紀霊様からは背中流し二級をいただきましたので不愉快な思いはさせません!」
いやいやいや、フンスッと気合い入れておるところ(見えないが鼻息だけ聞こえる)悪いが、もしそれをやってしまうとおぬしの命と国が一時的に麻痺するぞ?!
ちなみに国が麻痺する理由は
周泰が色々と見て、知ってしまう。
↓
おそらく紀霊、魯粛、七乃、孫権に知られる。
↓
嫉妬祭りと説教祭りが開催。
↓
極地的中央集権であるにも関わらず上位幹部が全員仕事を放棄する。
↓
書類がゲシュタルト崩壊。
という流れが容易に想像できるからじゃな。
実際孫権にバレた時も同じようなことなっておったしの。(そしてこれが現実となれば一番の煽りを食らうのは実は名目上とは言え国の頂点である帝だったりする)
「吾は遠慮しておくのじゃ。どうせこの後書類仕事で汚れるからの」
墨で書くので用心しておってもあちこち汚れるんじゃよなぁ。特に袖なんぞよく汚れるのじゃ。じゃから袖だけ取り外して取り替えられるように細工してあったりするのじゃ。更についでにいうとその汚れた袖はリサイクルされて孤児院に寄贈され……自分が経営しておるのに寄贈?……まぁとりあえず贈られるようになっておる。
金はいくらでもあるが、現代と違って大量生産ができないので捨てるのは勿体無いが墨の汚れは落ちんのでな。さすがに体裁上、汚れた袖を使い回すわけにもいかんのじゃよ。
そう考えると金なんぞあってもあまり便利ではないのぉ。
「さあ、袁術様!参りましょう!」
「こやつ……人の話を聞いておらんな?!待つのじゃ。本当に待つのじゃ!」
このままではあの時の気まずさが再現されてしまうのじゃ?!しかも相手が見えぬからどういうリアクションをしておるかもわからんし……何より見られ損ではないか?!吾にも褐色ロリの裸を望む……ってそんなこと言っとる場合ではないぞ?!
くっ、抵抗しておるじゃが、身体能力の差がありすぎて歩調を乱すことさえ叶わぬぞ!
どうしたらいいのかと悩んでおると——
「ッ?!」
突然なんとも言えぬ音が耳を叩き、それと同時に今まで引き摺られておった力から解放されつんのめる。
「な、なんじゃ?!」
「お嬢様、お下がりください」
姿を確認する前に声で相手がわかる。
「紀霊か?!」
声を掛けたものの紀霊はそれに応えることなく、いつもは何処かに隠して収納しておる剣を抜き、なにもない空間に振るう。
そして再び不快な音が響き、反射的に耳を押さえてしまう。
「ハッ!」
「——ッ」
続けて三回の嫌な音が鳴ったところでやっと事態を把握することができた。
つまり、紀霊は姿が見えぬ周泰を吾の命を狙う暗殺者と勘違いして戦っておるのじゃろう。
ということは周泰の隠密能力は紀霊に悟られぬ領域までに達しておるということじゃな。
そして、吾が混乱しておったのは二人が本気過ぎて殺気を放っておらんせいで殺し合いをしておるという認識ができなかったことが原因のようじゃ。殺気を放たずに殺し合いなど背筋が凍る——なんて考えておる場合ではないのじゃ。
「紀霊!止めるのじゃ!」
「お下がりください。相手は手練です」
まぁ手練なのは間違いないが、それを仕留められると困るんじゃよ!
「そやつは周泰じゃ!」
「……は?」
あ、紀霊のレア表情GETじゃ。
「すごくびっくりしました」
「……確かに周泰の声ですが……どうしたのですか、その状態は」
どうやら納得したようで剣を仕舞い込む……が、やはり謎じゃ。
なぜ自身の身長より長い剣を見えないほど完璧に収納できるのじゃろうか。以前紀霊に聞いたのじゃが秘密の一点張りじゃったからのぉ。本当に謎じゃ……もしや伝説のアイテムボックスを持っておるとでも言うのか?!
「それがですね……」
周泰が事情を説明し始めた。
うむ、紀霊の協力を得られたのでもう少し違って目線で——
「というわけで今から袁術様とお風呂をご一緒しようかと思って移動中——」
逃走開始!
「その話、詳しく聞かせてもらえますか」
しかし、使用人からは逃げられないっ!