第二百十二話
「だから私もご一緒にすると申し上げているわけでして……」
「だからはこっちの台詞じゃ!先程から入らぬと言っておろう!」
かれこれ十分ほどこんなやり取りをしておる。
紀霊はよほど吾をキレイキレイにしたいらしくてどうしても引いてくれんのじゃよ。
「以前から常々思っていたのですが、やはりお嬢様お一人での入浴では至らない部分がございましょう。私が隅から隅まですっきりさせてみせます」
すっきりって……どう聞いても貞操の危機ではないか。自意識過剰?いやいや、血走った目を見ておったらそんなこと言っておれんぞ。
もうしばらくやり取りしたのじゃが……全然解決せんぞ。というかこれ以上周泰をずぶ濡れ子猫の状態(見えぬがな!)で放置するのはさすがに気が引けるのじゃ。
仕方ないのぉ。あまりこういうことをするのは好ましくないのじゃが……
「紀霊、紀霊、ちょっとこっちに来るのじゃ」
「なんでしょうか。このようなところで脱げというの少々……お嬢様と二人きりなら吝かでひゃあぁっ!」
ほれほれ、どうじゃどうじゃ。ここがいいんじゃろ〜。(ゲス顔)
「六つ」
「——っ?!」
窪みを指で優しく沿いながらも手の平でナデナデしながらつぶやくと紀霊はいつものクールなメイドさんな空気が一変して顔が朱く染まるのを見て、吾は成功を確信する。
「見事な割れ具合じゃの?」
とうとう我慢できなくなり、メイドさんは逃げ出したっ!
見事紀霊を撃退に成功したのじゃ!
「また美しい腹筋を触らせてたも〜!!」
アフターフォローも忘れずにやっておくのじゃ……逃走速度が倍以上に跳ね上がったような気がするが気のせいじゃろう。
「さて、周泰……ん?なぜか姿が見えるようになっておるが……なぜそこでorzしておるんじゃ?」
「……いえ、決して腹筋が割れていることを気にしているわけではないですよ?」
「ほう、ほうほうほう………………とりゃ」
「わひゃぁ?!」
ふむふむ、紀霊の見事に六つに割れたものに比べれば劣るが、そこには確かに見事な腹筋があった。
しかし、薄っすら脂肪が表面を隠して服の上からはあまりわからないのだから問題ないのではなかろうに。
「あの、その……少し力を込めると、ひゃっ?!」
おお、確かに力を込めると表面に浮かび上がっておるのぉ……しかし、やはり周泰も武人の前に女子(おなご)じゃのぉ。初い奴じゃ。
そうやって遊んでおったら——
「——っ?!」
——な、なんじゃっ?!す、凄いプレッシャーが……もしや吾はニュータイプに覚醒——
「お嬢様……何をしているのでしょうか」
最後の「か」という言葉に物凄く色々な感情が詰められておることにニュータイプではない吾でも感じ取れた。
ゆっくり背後を振り返ると——なんかとても禍々しいオーラを発する孫権がおった。
「もう一度お尋ねします。お嬢様……何をシテイルノデショウカ?」
「……周泰の腹を触っておるぞ!」
ここで退いては相手の思うツボであるからあえて突っ走ってみたのじゃ!
「へー」
あ、これ、やばいやつじゃ。開き直って突っ走ったら地雷を……しかも対戦車地雷を踏み抜いてしもうたようじゃ。
ちなみに対戦車地雷は文字通り戦車を狙った地雷であるため、人間が乗っても作動することはなかったりするが、対戦車地雷の上に対人地雷を設置することで人間相手に対戦車地雷というオーバーキル——
「お嬢様」
……ハッ?!知らぬ間に現実逃避をしておったのじゃ。
あぁ、孫権の目からハイライトが消えてしまっておるぞ?!す、少しのセクハラでそんなに怒らんでも……いや、腹筋を弄るのは少しというには少し無茶か?
しかし、どうも孫権のターゲットは吾だけではなく周泰も入っておるようなんじゃよなぁ。
ここは迷惑を掛けた周泰は逃がすべきじゃろ。こんなみてくれでも男の子じゃからの。(自業自得で、周泰は巻き添えなのだが)
「しゅ、周泰!ここは吾に任せて先に行け!」
「し、しかしお嬢様!」
「ゆけ!周泰!吾の屍を踏み越えて!」
吾の意思を汲み取ったのかこちらを気にしつつもアナベ——じゃなくて周泰は風呂場の方向に走っていった。できればジーク・ジオンとか言って欲しいがこれは贅沢な話じゃな。
「……猿芝居は終わりましたか?」
……さて、ネタに走ったのは良いが……孫権の機嫌が絶対零度なのはどうしたものかのぉ。