第二百四十四話
「お嬢様の幼少期といえば欠かせないのは悪党退治でしょう」
「どれのことじゃろ?退治したからどれのことかわからんな」
「悪党退治ですか!」
関羽はやはりこういうことには一段と興味を抱くのぉ。
正義感の強さで言えば関羽は吾等の中で一番じゃからの……そして次点で……孫権じゃったんじゃが……最近は随分順位を落としておるな。今では二番手は周泰かの?
「どのようなことをしたのですか」
「そうじゃのぉ。小さいことから言えば……畑荒らしを捕まえたことじゃろうか」
「ほう、丹精を込めて作っている農家の敵ですか」
これが案外多いんじゃよ。
現代でも農作物を荒らすものは数多い。それは鹿や猪、猿などを始めとした動物もそうじゃが、盗む人間もかなりおって、被害総額一億円を超えることもあるんじゃぞ。
ならばこの時代の中国でどれだけの被害が出ているか……と言いたいが、現代と違って収穫する機械などないので一度に盗める量などは限られておる。しかし、それでも何度も何度も盗まれればそれ相応の被害となる。
「最初は食い荒らされておったから動物かと思ったが、被害者いわく、動物が食い荒らしたように見せかけた人間の仕業なんだと言われての。せっかくじゃから吾が成敗してお礼によく育った瓜を頂こうと思って退治を申し出たのじゃ」
「……打算的ですね」
「それでも農家にとって被害が減れば収支としては黒じゃから問題なかろう?そもそも吾に借りを作るというのは怖いじゃろ?」
「……」
肯定とも否定ともつかない微妙な表情を浮かべて沈黙を保つ関羽は優しいのぉ。それと紀霊、自分で言っておいてなんじゃが、そんなにうんうんと力強く肯定せんでも良いのじゃよ?吾の繊細な乙女(漢)心が傷ついてしてしまいそうじゃぞ?もっとも表面だけで芯はロンズデーライト(二番目に硬い物質、なぜ二番目かというとおそらく七乃の方が硬いから)でできておるがの!
「それで害虫駆除……盗人退治を始めたわけじゃが——」
(本音が漏れてしまってますよ)
「とはいえ、吾もたかが盗人を駆除する程度のことに時間を割くほど暇ではないので罠を仕掛けておいたのじゃ」
「しかし畑ともなれば広いのですから罠など仕掛けても効果は薄いかと」
「そこは創意工夫というやつじゃな。その農家は割としっかりした防風林を用意しておってな。そこを越えて侵入しておることがわかっておったから、なんとなく通り易そうな場所をいくつか用意したんじゃ」
「なるほど、少し考えれば誘導されているとわかりますが盗人程度の知恵では掛かる可能性が高くなると」
「そう、それで案の定引っかかったんじゃが……まぁ熊用の虎挟みを使ったせいで脚が見事に折れて後遺症でまともに歩くことができなくなってしまったが……細事か」
「……十分大事だと思いますが……ところで私は幼い時のお嬢様の話を聞いているのですが、これは何歳頃の話なのですか?」
「確か五歳頃だったと思うが」
(日頃の行動はともかく、勤めを熟している袁術様の能力を疑ったことはない。しかし、幼少期からその才は健在だったのか。五歳児が盗人退治などなかなかやれることではない)
お、なんか吾、尊敬されておるような気がする!
「お嬢様はすごいんですよー。薄汚れて路上で倒れていた孤児の美少女を拾って介抱してくれた上に側近として取り立ててくれたりしますから!」
「いや、自分のことを美少女というのはどうなんじゃ?」
「もちろんお嬢様にはかないませんけどね!」
「にゃははははー、もっと褒めてたも褒めてたも!そして褒美に背中を流してやろう。こっちに来なんせ」
「やったー!じゃあ私はお嬢様の前を——」「洗わんでいい」
ところで関羽は何やら驚いているようじゃが……なんでじゃ?
(張勳殿が、孤児?てっきり袁家の縁者と思っていたが、まさかそのような経緯があるとは……そういえば私も突然声を掛けられたのだから不思議はないか?しかし、私は一応戸籍を持つ市民でしたが、話を聞いている限り張勳殿は奴婢、もしくは浮浪者だったはず。それを仕えさせようというのは子供でもできない。それに袁術様が望んでも袁家が許すはずがないのだが……袁家への認識を間違えていたのだろうか?)
「その、張勳殿を側に置く時のに問題はなかったのですか?」
「ないわけがないじゃろ」
「大変でしたねー。主に袁家の皆さんが」
「そんなわけなかろう。吾が一番大変だったに決まっておろう」
「お嬢様が大変だったのは間違いないですけど、間違いなく袁家の皆さんの方が大変でしたよ。弱みを握られ、脅され、裏帳簿を暴露され、握りつぶした犯罪を通報したり、壊れていた家宝を持ってぶつかって弁償させたりと随分と無茶をされてましたよね」
「いや、半分以上は自業自得じゃと思うんじゃ。決して吾が悪いわけでは……」
(お嬢様、えげつないです)