第二百四十五話
「ハァ〜……いい湯じゃった」
思い出話をしておったらすっかり長湯になってしもうた。
危うくのぼせるところじゃったぞ。
クーラーもないのじゃからのぼせたらなかなか治らんから気をつけねば。
「お嬢様、これを」
ん、七乃が随分気合の入った様子でコップを差し出してきた。
「おお、これは?!」
「はい。お嬢様が要望していた飲む醍醐(ヨーグルト)です!」
「やっとできたかや!」
風呂に入った後に飲む物として開発を頼んでおった飲むヨーグルトがついに完成したのか!
牛乳もいいのじゃが、味が物凄く濃い上に加熱処理してからでないと腹を下す可能性が高いし加熱処理をしたからと言って冷やしても長期間保たぬし、今回のように移動した場合じゃと持ち運ぶこともできん。
そこで考えたのが飲むヨーグルトじゃ。
ヨーグルトなら常温で長期間保存が可能、そして料理に使える上になんなら果物に掛けるなり混ぜるなりすればそれだけで朝食にすることも……と言いたいがこの時代の人間にそれだけで朝食にすると身体が保たないがの。
なにせ金銭に余裕があるなら朝からでも肉を食べたがるほどじゃからな。
問題は前世で食べているようなヨーグルトとは違ってかなり臭うことと味がとても酸っぱいことでな。
それを解決するように七乃に頼んでおったんじゃよ。
「ほうほう、これは……何か混ぜたんじゃな?うーむ、蜂蜜の匂いは直にわかったんじゃがそれ以外にも入っておるな」
「さすがお嬢様。蜂蜜のことだけは鋭いですね!」
だけ、というのは余計じゃ……ふむ、これは……
「酒か?」
「正解です。あまり強くない果実酒を混ぜてたんですよー。そうすると——」
「うむ、美味い。そして飲みやすいの。その分気をつけなければ悪酔いしそうじゃがな」
「本当に強くないんで多分大樽一つ飲んでも酔いませんよ。よっぽどお酒に弱くないと」
良いのぉ良いのぉ。今まで料理に関しては吾が手掛けることがほとんどじゃったがこういうアレンジされたものが出ると嬉しくなるのぉ。
ああ、でもヨーグルトを酒で割るというのは聞いたことなかったが酒を飲むヨーグルトで割るというのは聞いたことがあったか。しかし自力でそれを発見したのは素晴らしいのじゃ。
「こんなのも用意しました!」
「お、色が違うのじゃ。カビ……なわけないか」
「お嬢様にそんなもの出すわけないじゃないですか!」
じゃよなぁ。
まぁヨーグルト自体発酵食品じゃから菌が入っておるのは間違いないが——ところで孫権さんや、わからない食品だからって七乃を睨みつけてはいかんぞ。というか殺気が漏れて関羽が反応してしまっておるではないか。
せっかく風呂に入ってリラックスしたというのにそんな物騒な気配を撒き散らすでない……という視線を孫権に向けると、それを察したのじゃろう。一変してシュンとした表情になる。ちょっと情緒不安定が過ぎやせんか?
ちなみに向けられた七乃はいつもどおりニコニコフェイスで何一つ変化はないのじゃ。これでもそれなりに修羅場を潜っておるからこの程度では揺るぐことはないのじゃろう……表面上は、な。
「さて、この緑色の正体は……お、これは……香草の類か?!」
「またまた正解ですー。醍醐の匂いは好みが分かれると思うんでならいっそ爽やかな香りにしてしまえばいいのではないかと考えましてー」
「うむうむ、良い良い。なかなかに複雑な味付けになっておるが美味いぞ」
「香草の調合に苦労しましたからー」
そういえばアロエヨーグルトなるものが昔流行ってたが……あれは吾的に微妙じゃったなぁ。それにしても美味い。七乃はいいセンスしておるの。
実際に調合したのは七乃ではないが(正確には知らんがそんな時間的余裕はなかろう)味を決めておるのは七乃自身じゃからな。
「匂いも良くて味も良いというのは骨が折れましたよー」
「そうであろうな。褒めてやろう」
「わーい」
吾が腕を広げると躊躇なく飛び込んでくる七乃。
それを抱きとめてよしよしと頭を撫でてやる。
「ふんふんふんふん」
七乃さんや、匂いを嗅ぐなとは言わんがもう少し隠すようにしてもらえんかの?後、忘れておるかもしれんが、今、吾着替え中じゃからの?おぬしもまだ水着段階じゃからの?こそばい、こそばいぞ?!
「ふーふーふー」
「ひゃっ」
息を吹きかけるでない!特に首はやめい!ゾワゾワッとするじゃろ!
「はい。そこまでです」
グワシッと関羽が七乃を取り押さえて引き離す姿はさすが武官じゃのー……格好は風呂上がりじゃからセクシーな黒いビキニ水着じゃがな。
「前々から思っていましたけど関羽さんて小姑みたいですよねー」
「では生活指導でもいたしましょうか?」
「あ、私お嬢様の御髪を整えなくては!!」
(ふう……というかなんとか引き離すことに成功したのはいいが孫権殿、もうちょっと嫉妬を抑えてくださると助かるのだが……なにはともあれ袁術様、愛されていますね。)
「絶景かな絶景かな」
山を丸々一つ砦——温泉宿にしたかいあって頂上は見晴らしがいいのぉ!!
これが前世の金持ち達がマンションの最上階を買う心理というやつか!あ、そういえば現代どころか古より高さは権威の象徴じゃったな。バベルの塔とかの。
ちなみに高さの権威というのは現代はともかく今ならなんとなくわかる気がするのじゃ。
高いところは空気が薄いじゃろ?しかし、古代の人達は空気なんぞ知らんわけでなぜか息が苦しくなる。それは神様の領域に踏み込んでいるからではないか、という流れから高さに権威が生まれたようじゃな。
仙人が山にいるというイメージもそこから来ているそうじゃ。
これを聞いた時はなるほどと感心したもんじゃ。神秘とはこうやって作られるんじゃな。
よくよく考えれば三国志の時代というのはほぼ神話の時代じゃしなぁ。舞台を日本に移すと本当に文献もなにもない時代じゃからのぉ。
「現代でも時代を作る一人だったのは違いないじゃろうが……今とは比べ物にならんのぉ」
今の吾って間違いなく歴史に残る人物じゃろ。史実の袁術と比べても。
少なくともこれから吾が何らかの死や転落があったとしても董卓か孫策ぐらいには名は残るはずじゃ……となると後世に何か残しておくべきじゃろうか。
今吾が残していると言ったらやたらと膨大な書類と意味がわからんぐらい大きくなった商会ぐらいじゃ。
「……それはそれで面白いかもしれんの」
………………?
そういえば、何も予定がない時間とはどのように過ごすんじゃ?
幼少の頃は勉強漬けか華琳ちゃんで遊んだり、七乃と悪巧みしたりして過ごしておった。太守になってからはずっとデスクワークであったし……吾、蜂蜜以外の趣味はないんじゃが……どうしようかのぉ。
「…………とりあえず寝るか」