第二百四十六話
「え、一人でいるときですか?」
少し気になって同行しておる面々に聞いてみたのじゃが――
「それはもちろん……」
「「「寝てますね」」」(七乃、魯粛、孫権)
「「「鍛錬です」」」(紀霊、関羽、周泰)
「……ご飯」(恋)
「音々は恋殿のお世話ですぞ!」(ちんきゅー)
吾とご同類が三名、筋肉系三名、その他二名。
この中で恋ちゃんが一番求めておる意見に近いかもしれんという段階で真っ黒企業……いや、見事に社畜根性を植え付けてしまっているようじゃ。
まぁこの時代では珍しくないが……うちは特に度が過ぎておるからのぉ。
だからこその温泉旅行でもあるから今更なのじゃが。
「ところでなぜそんなことを?」
「いやの、ここにおる限りは一人の時間もできるじゃろ?どうやって過ごそうかと思ってのぉ」
オセロや将棋なんかは相手がおってこそじゃし、何よりせっかくの休みなのに頭を使うことはあまりしたくないしのぉ。
もっとこう頭を働かせずにゆっくりしたいところのじゃ。
「では槍を振りましょう」
「お嬢様には槍は重いので短剣がよろしいかと」
「一緒に森を走り込みましょう!ついでに食材も手に入れて一挙両得です!」
「わ、私が訓練のお相手を……」
上から順に関羽、紀霊、周泰、孫権じゃ。
頭は使いたくないとは言った。だからと言って身体を動かしたいわけではないのじゃが。
「ではせっかくなので一緒にお昼寝しましょう!」
「なら私が本を読み聞かせをしますよ」
「……お昼寝」
「音々は恋殿のお世話をするのですぞー!」
ちんきゅーのブレなさはともかくとして、じゃ。
うーむ、せっかくの休暇を寝て過ごすというのは勿体ない気も……しかし、日頃寝れないのだから寝て過ごす以上の贅沢もない気もする。
じゃがそれなら普通の休暇でいいんじゃよなぁー。わざわざ温泉宿まで来てすることではないじゃろ。
「あの……」
「ん?なんじゃ?」
雑用係として側に控えておった女官が話に割り込んできた。
これは実のところ珍しいのじゃ。吾と七乃だけなら調子よく(どうでもいい)話ばかりして本題が進まないのでよく割り込んでくるのじゃが、ここには吾の側近が勢揃い。この状態で話を割り込んでくることなんてなかなか……あ、そうか、ここにいるのは正規の女官ではないからか。
この温泉宿に詰めておる兵士や女官などは吾の私兵や使用人扱いで、しかも採用理由は能力云々よりも信用信頼を重視しておるから若干教育がなっていない者達もおるじゃろう。
だから紀霊さんや、孫権さんや、そんな『テメェー女官の分際で何しゃしゃり出てきてんだ』オーラは引っ込めなさいな。
「演劇とかどうでしょうか」
「ほう、演劇とな」
娯楽が少ないこの時代の希少な娯楽といえば、音楽、演劇、絵画、彫刻など古くから存在する芸術じゃろ。
なんで忘れていたのやら……そういえば最近鼻歌以外でその手のものに触れることがなかったのぉ。そもそも余裕がなかったからの!!
それと、女官……おぬし、紀霊や孫権のオーラに物怖じせんな。凄いやつじゃ。
「しかし劇団なんぞ用意した覚えはないのじゃが」
「お嬢様がいらっしゃった時にお暇にならぬよう、我々が波才様にお頼みして演技指導していただきました」
そういえばなぜかあのタカラジェンヌこと波才の派遣依頼にサインした覚えがあるのぉ……え、このためじゃったのか?というか波才ってタカラジェンヌっぽいとは思っておったが演技までできるのかや?!
「ぜひご覧ください!」
うむ、それだけキラキラした瞳で見られて断るなんて選択肢を取れるほど冷酷なつもりはないし、そもそもいい選択肢じゃと思う。そう思って周りを見ると……概ね肯定的じゃった。
ただ、恋はぽけーとしていてわからず、音々は「恋殿に演劇なんぞ似合わないのですぞー」という唯一の反対意見を叫んでいるが、他に反対意見が出ることもなく可決。
そして、唯一の反対意見は食事が恋の家族分まで用意されるということで潰えた。
「……なんじゃこの演目は」
演目は一つしかないらしい。
演目自体はできているが演技の方がまだ満足できない出来らしく、一つしかない。
それはいいんじゃよ。いいんじゃけど……。
「なぜこんな演目なのじゃ?」
その演目名は――『華麗で美しく麗しく華々しく神々しいお嬢様の歩み 南陽太守編』なのじゃ。
吾が見るのに演目自体が吾自身なのかとか華麗と麗しいと華々しいは合わせたら同じ意味だろうとか南陽太守編ということは残りの用意されておる演目はもしかしなくとも続きかや?!といろいろとツッコミどころ満載じゃぞ!!
ちょっと見る気が失せた吾と違って、七乃達は俄然テンションアゲアゲで止めようとは言いづらい……そもそも吾のために用意してくれたんじゃから最初から断りづらいんじゃがな。
「楽しみですねーお嬢様」
「しかし、お嬢様を誰かが演じるというのだけは納得いたしかねますが」
「それを言っては袁術様をお題目にした演劇はできなくなってしまいます」
「楽しみですね」
「ん、楽しみ。モクモク」
「恋殿!これも美味しいですぞー!」
「ワンワン」
……本当に楽しそうじゃな。