第二百四十七話
「死んでたも」
その宣言と同時に兵士達の首が飛び、残った身体からは血が滴り落ちておる。
『これが南陽太守に赴任した袁術の一声でございます』
なかなか凝った演出じゃのぉ。
飛んだ頭はパッと見た感じではわからないほどの作り物であるし、身体から出る血をリアル重視で吹き出さないのは部屋を汚さないためじゃろう。
「……お嬢様、本気ですか」
関羽が真顔でこちらを向いて問うてきた。
まぁこの話を知るのは吾と七乃と紀霊、調べておった影達、そして吾達の審査をパスした者達ぐらいじゃから関羽が知らんで当然か。
「うむ、あまりに不正する役人が多くての。それに吾等のようなか弱いおなごは最初が肝心なのじゃよ」
「か弱いの定義に少々疑問がありますが……」
間違いなくか弱いぞ。吾と七乃は。
紀霊がおるからなんとかなったがもし原作のように二人だけだったならもう少しだけ大変じゃったろうな。
最終的には全員七乃にkillされておったじゃろうが、時間が掛かった分だけ発展が遅れて、原作同様に黄巾の乱では孫策達に頼ることになった可能性が高いじゃろう。
ちなみにこのシーン、孫権に大ウケで悪即斬コールを始めたので止めることとなった。最近孫権のキャラ崩壊が著しい。
「とりあえず劇を見るぞ」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
いや、確かに忠実に再現しておるかもしれん。かもしれんが――
「判を押すだけの劇とはこれ如何に……」
ちゃんと判を押すたびに衰弱していくその様は本当に上手いとは思うが劇でやることかや?いや、最初に言ったとおり忠実なんじゃけど。
そこはカットで良いと思うぞ。うん……ん?ちょっと待つのじゃ。吾、この書類仕事を省くと何が残るんじゃ?南陽太守の頃じゃろ?
「そうじゃ!奴隷――ゴホン、召使いを探しに行くのじゃ!」
突然黙々と判を押しておった吾は立ち上がり……おお、舞台が回転したぞ?!
もちろん吾はこんな装置ぐらい知っておるし、李典に頼めば簡単に作ってくれるじゃろう。
しかし、これは史実ではどうか知らんがこの世界のこの時代にはないはずじゃ。
なぜなら何にしろ最新のものが揃っている皇宮ですら見たことがないのだから。
これは彼ら彼女らが考えたものじゃ。実際吾等が驚いているのを見て嬉しそうにしておる。
うむうむ、これぞ本当の流れじゃな。
……ところで魯粛に三顧の礼とかしたことないんじゃが?関羽に金を投げつけたりしておらんぞ?孫権を攫ったりしておらんわ!!
「……私は表現としては違いますけど、実際はあまり変わりがないかも知れません」
まぁ関羽は目の前で月収となる金を積み上げて勢い取り込んだ感じが否めんな。
「今思えば貧しかったとはいえ、武人の魂を売ってしまいました」
「後悔しておるのか?」
「いえ、切っ掛けはどうあれ私の武を預けたことは間違いではなかったでしょう。漢王朝を立て直し、天の乱れを最小限に抑えられ、民の犠牲は少なくて済みました」
「漢王朝の立て直し……のぉ」
「何か?」
正直、一度支配者を変えておくべきじゃとは思うんじゃよなぁ。
中華というのは国としては明らかに大きすぎるのじゃ。
国の大きさというのは大陸においては移動距離と関係しておる。
支配を強めるには軍が必要で、軍の派遣という負担は移動距離と比例するわけじゃ。
その観点からすると中華は膨大な財源があるが、その軍の負担はそれ以上のはずなのじゃ。
しかし、中華はそれを許容しておる。
全く、この礎を築いた始皇帝はマジで化け物じゃのぉ。
それはともかく、この国という大樹を残そうと思えば一つの家が永久的に支配するなんて絶対無理なのじゃ。
漢王朝は既に一度腐ってしまっておる。これを立て直してもおそらく二代程度しか保たんじゃろう。
もちろんこの後、立ち上げる王朝がそれ以上保つかどうかはわからんが、今入れ替えた方が混乱は少なかろう。
計算とか云々ではないが直感として漢王朝のままだと八割、替わりの王朝を立ち上げると五割と言った感触かのぉ。
「……では袁術様が――「嫌じゃ、絶対嫌じゃ。なんで吾がそんな面倒なことをせねばならんのじゃ!」――」
関羽は吾の真意を測るために言ったのじゃろうが、絶対嫌じゃ。吾が皇帝とか絶対死亡フラグじゃろ!
しかも吾が帝になって負けるとなると……中華が大不況に陥って大変なことになるぞ。
なんとしても魯粛だけは生きてもらわねばならんなぁ。でないと間違いなく千万単位で死者がでかねん。
「そうですか」
吾の返答に関羽は納得したようじゃな。
おそらく吾が帝になると言えば関羽は協力するじゃろう。
しかし、吾では駄目じゃろう。威が足らん。
前世で読んでおったマンガで出てきた秦の呂不韋みたいなものじゃな。金はあっても威がない。
「ん?恋ちゃん、どうしたのじゃ?」
「芝居、見る」
「おお、すまんすまん」
そうじゃな。今はそんなこと考える時間ではないの。
ちなみに孫権は自身の役者が攫われるところを見て何やら頬を赤くしておったがどうしたんじゃろ?
「お嬢様を主役に喜劇化しているのは多少気に入りませんが、アレはアレで言いと思います」
と評価するのは紀霊じゃが――
「しかし、正当な劇も用意するように」
「「「「御意ッ!!」」」」
と引き締める。
確かに喜劇じゃったなぁ。というかこれを監修したのは誰じゃ?ポイントは抑えておるのに絶妙なところで茶化しが入っておる……七乃あたりかと思ったが表情から察するにそういうわけではないようじゃ。
「お嬢様、一言」
「うむ。忙しい合間を縫ってよく仕上げたと思う。良い一時であった。しばらくは世話になるのでよろしく頼む」
「「「ハッ」」」