第二百四十八話
美味い食事、美味い蜂蜜、もう一度風呂、美味い蜂蜜、もう一度風呂、七乃の按摩受けて一晩ぐっすり寝る。
心が洗われるというのはこういうことを言うんじゃろうなぁ。
いや、心だけではない。身体もじゃ。
精神はともかく身体はまだまだ若い吾じゃから寝れば復活、とまでは言わぬが八割は回復しておる……つもりじゃったが、今の状態から察するに六割どころか四割程度だったようじゃ。
それは吾だけではなく、皆同じようで身体の動きが明らかに違っておる。
というかなんか紀霊とか関羽とか普通に歩いておるだけで逃げたくなるほどの何かを感じるんじゃが。
恋ちゃんも「……強い」と呟いておったから間違いないじゃろう。
「……それにしてもこういう贅沢も中華ならではって感じじゃのぉ」
目の前には草原が広がるがそれはただの草原ではなく、地肌でラインが描かれ、草原の草葉でマスを表し、そして――
「「「おおおおおーーーーー!!」」」
五千と五千の兵士達が向かい合い、そのマスに並び立つ……まぁ遠回しな話を省くとリアルチェスというやつじゃ。
今やっておるのは紀霊と魯粛じゃな。
ちなみにルールが少し違っておって、一手につき一分以内、そして最大の違いは――プレイヤーがキングとなり、相手の指し手を読み上げることも、伝令の使用なども禁止し、視界と気配だけで指すという点じゃ。
これだけ聞くとわからんじゃろうが、平面で戦場のど真ん中で指揮車(平面で指揮するために視界を確保する用の移動式の台)も無し、限られた視界と気配だけで相手の指し手を想像しなくてはならんのじゃ。
自分で作ったルールなんじゃがなかなか無謀……と思っておったのじゃがのぉ。
「普通にやりあっておるのぉ……やはり吾は将に向いておらんな」
というかいつもゲームでは圧勝する魯粛が紀霊相手に苦戦しておるようじゃ。
魯粛は事前に兵士達に上げる声に指示を出して情報を潜り込ませておるようじゃな。そこまでは禁止にしておらんからルール内じゃ。なぜならそれは相手にも伝わるものだからじゃ。それも読み合いの一種ということじゃな。
机上とは違って兵士の存在感が魯粛の思考を邪魔をし、紀霊に思考をクリアにしておる感じじゃのぉ。
これが戦場であったなら魯粛も余計なことは考えないじゃろうが下手に思考時間があって、その上ターン制じゃからついつい先読みしたくなるのはわからなくもない。
このあたりが経験不足なんじゃろうなぁ。
ただ、中盤以降はお互いの駒が入り乱れるから紀霊が今のまま有利に進めるとは思えんが――
「お、そろそろ見えなくなるの」
ちなみに吾は今、流れるプール……いや、人工川?堀?を浮き輪を抱えて流れておる最中じゃ。
せっかくじゃから温泉宿の中を見て回ろうと思い、この宿に張り巡らされておる人工川を流れておるわけじゃ。防衛用でもあるが、元々アクティビティ的な用途で設置したものなのでコースはなかなか見ものじゃぞ。
あ、ついでに言うと他の者達とは別行動じゃ。
孫権はついて来ようとしたが吾の勧めで灸に行っておる。
デスクワークで疲れておるのにこんな時まで仕事をせんでもいいじゃろろうという心遣いじゃ。
鍼治療も勧めたのじゃが鍼が怖いらしく遠慮された。
まぁわざわざ怖い思いまでしてやることではないから問題ないがな。
関羽と周泰は……うん、今頃悲惨なことになっておるのではないか、主に関羽が。
昨晩、本人にその意図はなかったのじゃろうが、うっかり巨乳自慢のような発言をしてしまったことで周泰が絶対巨乳殺すマンに変身して模擬戦を申し込んでいた。しかも森林でというのだから本気度が伺い知れる。
それを察知できたのかできていないのか、関羽は普段と変わりない様子で受けていたが……後で紀霊あたりに様子を見てきてもらうか。
「んんんんんんんんん!!この匂い、この音は?!」
慣れ親しみ、しかし、恋い焦がれるこの匂い。
そしてそれを生み出す愛すべき羽音。
「おお、やはり養蜂場じゃ!」
しかも吾が流れておることを知っていたようでちゃんとスタッフが待ち構えておるぞ。
うむうむ、ちゃんと採ったものではなく、今から採るんじゃな。
やはり蜂蜜も採りたてが一番じゃからのぉ!
本当は牛乳同様加熱処理をした方が安全なんじゃが……まぁ吾が蜂蜜で何か起こるわけがない!(そんなわけがない……はず)
「お待ちしておりました。袁術様」
「うむ」
「早速ですが蜂蜜を……ご自身でお取りになられますか、それとも私共が……」
「よい。吾自身が採る」
うむうむ、よくわかっておるのぉ。
こんなものを魅せられて吾が自身で採らぬという選択肢があるわけがなかろう。
「では直にお着物をご用意いたし――」
「よいよい」
そう言い付け、水着のまま巣箱に近寄る。
これこれ、悲鳴を上げるでない。蜂がびっくりしてしまうであろう。
実は吾、蜂に付き纏われたことはあっても刺されたことは一度としてないのじゃ。
それに今は水から上がったばかりで水気を帯びておるから蜂達もあまり近づきたくはないじゃろうしの。
お、これは丸洞式巣箱じゃな。なかなか趣があってよいのぉ。最近は吾が広げておる重箱型の方が多いのじゃが。
少し拝借してっと……んー、美味そうじゃ。遠心分離機にセットしぐるぐるっとな。
「んー、いい香りじゃ。これは蜜柑かのぉ」
近くのプランテーションに設置しておったものなんじゃろうな。匂いがすごく際立っておる。