第二百四十九話
「むは~……幸せじゃ~極楽じゃ~ありがたやありがたや~」
ぷかぷかと水の上に浮かびながら採れたての蜂蜜を頬張る、これ以上の幸せはそうそうありはせんじゃろうなぁ。
「あー……これが続けばいいんじゃがなぁ」
そういうわけにはいかないのが社会人の悲しい現実じゃ。そしてこういう休みの一時でも仕事のことを考えてしまうのも社会人(ブラック)の悲しい性というやつじゃ。
少し気を緩めると、華琳ちゃんのこと、孫策のこと、董卓のこと、公孫賛のこと、劉備のこと、中華のことが頭を過るのじゃ。
もう病気じゃよなぁ。
「……さて、現実逃避はやめるとして、関羽。大丈夫かや?」
「…………」
「返事がない。ただの屍のようじゃ」
ぷかぷか水路を流れておったら卑猥な言葉や罵倒するような言葉が体中に書かれて気絶しておる関羽を発見したのじゃ。
服こそ派手に破けておるものの外傷はないようなので命に別条はないじゃろうが……心の傷まではわからんがの。
とりあえず目に毒なので後ろから屋形船的なもので付いてきておった者達に大きい手ぬぐいを受け取り、あまり関羽の恥ずかしい姿を公に見せるのは可哀想なので吾自ら、巻いて隠し――
「そーれ、ざぶざぶざぶっ!とな」
水路に入れて洗う。
てっきり結構冷たいから水に入れた段階で起きるかと思ったが、気絶したままとは……気絶させられて間もないのか、それとも酷くやられたのか。
それにしてもバーサークモードであったとはいえ、快調の関羽を倒すとは随分周泰は鍛錬を積んだようじゃのぉ。
北郷を逃してから気合いを入れて武者修行をしていたのは知っておったし、強くなっておるという報告ももらっておったがここまでとは知らんかった。
ただ、こういう形でそれを示されるのは複雑な気分じゃな。
「というかこの墨、全然落ちないんぞ。例の周家に伝わる秘伝の墨とかいうやつで書いておるのか?!」
女の嫉妬とはかくも恐ろしきものかや。
せめておでこに書かれておる関羽雲乳参上の文字ぐらい消せんもんか……胸に書かれた四十を過ぎればただの脂肪や腹部に書かれておる口にするのも憚れるものなどは服で誤魔化せるが……とりあえずおでこにも手ぬぐいを巻いて隠しておくかの。
(お嬢様ご自身で家臣を救護されるとは……)
(あのお身体で関羽様を持ち上げられるとは思いませんでした)
なんだか付き人達の視線が痛いのじゃが……気のせいかの?まぁ悪い感じではないので気にせんのが正解か。
……よし、これで見られても手ぬぐいでぐるぐる巻きにしておる厨二の包帯的な痛々しいやつには見えても恥ずかしいやつには見え……ない?厨二的な方が恥ずかしいような気も……いや、厨二という感覚は吾ぐらいしか持っておらんから大丈夫じゃろ。
というわけで気絶中の関羽を屋形船に乗せて様子を見ながら遊覧水泳に戻る。
しばらく水路を漂っておると……普通の人の騒がしさとは違う類の騒がしさ、騒々しさが聞こえてきた。
そちらに視線をやるとそこには――
「あれは……恋ちゃんか」
正確には恋ちゃんの姿は見えておらぬが恋ちゃんの家族(犬)が屯(たむろ)しておるから間違いないじゃろう――と思っておったらその群れの中からひょこっと恋ちゃんが顔を出す。
どうやら吾の気配を察知して顔を出してくれたようじゃ。それにしても……犬に埋もれて顔を出す恋ちゃん……可愛すぎるじゃろ!
「恋ちゃん、楽しんでおるか?」
「ん。美味しいものいっぱい。皆もいっぱい」
「それは良かったのじゃ。せっかく招待したのじゃから楽しんでもらえなければ責任問題じゃ……ところで蜂蜜……いるのかや?」
先程からじぃーっと吾が抱えておる蜂蜜を凝視しておるから聞いてみたが――
「あー」
返答は大きく口を開けることで示された。
つまり――食べさせろ、ということじゃな。
これ、吾じゃなければ無礼討ちされても……恋ちゃんを無礼討ち?誰ができるんじゃ?そんなこと。
それに華琳ちゃんならある意味喜んで、劉備なら喜んで、孫策なら軽く文句言いつつも、公孫賛は驚いたり困惑したりしながら恐る恐る、董卓は論ずるまでもなく世話しそう……さすが三国志の世界とはいえ、恋姫の世界。めっちゃゆるいのぉ。もしくは恋ちゃんの可愛さがゆえか?……それもあるじゃろうな。
「ほれ……ん?なんかこのアングル見覚えがある――ひゃっ?!あ、これ、手丸ごと食べるで――にゃ?!舐め回すのはやめてたも!!」
「おいひい」
「それは良かった……わけないじゃろ!これ!ばばちぃから離すのじゃ!」
ちなみに護衛達は割って入るべきかどうか迷っておるようじゃ。
いや、所詮戯れじゃからそこまで考えんで良いぞ。そもそも恋ちゃんがその気なら素手の現状でも吾を含め護衛達が何かする前に殺してしまえるからの。関羽が目覚めれば……そういえば周泰との戦いで疲労しておるしあまり変わらんかの。
関羽、周泰、紀霊がおってやっと抑えられる相手に吾とそこそこ強い護衛達三十人では相手にならんのじゃ。
そして、キュポンッという音と共に吾の手が解き放たれる。
「……ご馳走様」
「……お粗末様でした?」
なんか違う気がするが……まぁ良いか。
「……ん」
おお?恋ちゃんがお礼かなにか知らんが頭を撫でてくれたぞ……ハッ?!ちんきゅーはどうしたのじゃ。こんな時ちんきゅーは間違いなく奥義のキックを見舞いにくるはず――
「う、動けぬのですぞー!!」
と思っておったら声が聞こえるのでそちらの方を向くと恋ちゃんの家族(ゴールデンレトリバー)に乗られてジタバタしておる姿が飛び込んできた。
いと哀れ。
しかも、別の家族にベロンベロン顔を舐められておるようじゃ。
いと哀れ。
というわけでしばし恋ちゃんに撫でられて過ごすことにしたのじゃ。