第二百五十一話
「お嬢様~!!随分遅かったですね~!」
恋ちゃんと別れて水路で流れておったら吾の人生で最も聞いている声が耳に届いた。
簡単に言えば七乃じゃな。
先程の惨状からすると平和的でいつもと変わらぬ日常じゃのぉ。
「予定より随分遅かったですね。何かあったのかと心配しましたよ」
「うむ、途中で恋ちゃんと会っての」
さすがに関羽のことを話すのは気が引けたので心に留めておくことにする。時間が経てば楽しい思い出となるじゃろう……多分……きっと……だったらいいのじゃがのぉ。
「ああ、呂布さんですか。なぜかお嬢様に懐いてますよねー」
「うむ。出会った頃からの。なぜかは知らんが」
本当に謎じゃよなぁ~。
特に何かしたわけではないんじゃがのぉ。
「なんででしょうねぇ」
「なんでじゃろうなぁ」
「美羽は良い子」
「うおぅ?!」
「ひゃっ?!」
び、びっくりしたのじゃ。危うく腰が抜けるところじゃったぞ。
「れ、恋ちゃん。さ、さっきぶりじゃの」
「ん」
てっきり七乃パートかと思ったんじゃが、違ったのか。
というかできれば気配を消して近寄らんでくれんかの。……あれ、恋ちゃんの家族までおるのか?っておぬしらまで気配を消しておったのか?!無駄に器用じゃな!
「美羽は詠と同じ匂いがする」
「どういうことじゃ?」
「頑張れば頑張るほど苦労する」
おー、なるほど。
賈駆は確かにやることが裏目に出ることが多いというのは原作でも知っておるし、こちらでも聞いておる。そして吾は、やればやるほど忙しさに殺されかける。
うむ、確かに似ておるな。
まぁ吾の場合は考えなしに動いた結果じゃから大差があるように思えるがのぉ。
「ところで呂布さんはなぜこちらに?」
「……いい匂いがした」
「さすが呂布さん。お犬のような嗅覚ですねー」
どうやら七乃は食事を用意してくれたようで、それを恋ちゃん達は嗅ぎ付けてやって来たようじゃ。
ちなみに七乃の声には感心より呆れが含まれておるが……まぁ恋ちゃんがそんなことを気にするわけもなく陳宮が……あれ、陳宮はどうしたのじゃ?……あ、恋ちゃんの家族が咥えて引きずって来ておるな。しかも気絶しておるようじゃ。
おぬし、そんなキャラじゃったか?いや、むしろ恋ちゃんの家族達の方が違うのか?
しかし、恋ちゃんが参加するとなると量は大丈夫なんじゃろうか?
「こんなこともあろうかと十分に用意しています!」
七乃がパチンッと指を鳴らすと使用人達が次々と食材を運んできて、そんなに掛からずして、でででん!という音が聞こえそうなほどの量の食材の山が構築された。
「さすが七乃じゃな。てっきり吾は、貴方達はお嬢様の食べるところを見られるだけでもありがたいでしょう、とか言うのかと思ったが」
「やですねー。そんなことしませんよぉ。せっかくの休暇ですよ?」
つまり休暇でなければやるってことじゃな。
しかし……七乃でもTPOを弁えるんじゃなぁ。
「ではではちゃちゃちゃっと調理しちゃいましょう!」
「お、七乃が料理するのかや」
「以前お嬢様が話をしていたのを聞く限りでは難しくないようなのでー」
そう言って手に白菜や人参、もやし、しいたけなどを持って慣れた手付きで捌いていく。
「七乃が料理をするところを見るのはなんか新鮮じゃのぉ」
「私達が台所に立つ時はお嬢様が作ってくれますからねー」
そういえばそうじゃな。レシピを一々他人に伝えるのが面倒で自分で作ってしまって七乃がそれを見てレシピを作るというのがいつもの流れじゃし。
「ところで何を作っておるんじゃ?なんだったら手伝うぞ?」
というかあまり時間を掛けたくないのじゃ。隣で腹から爆音を鳴らしておる野獣がおるからの!!
「ほら、ここは温泉があるじゃないですか。なので野菜蒸しとか温泉卵とか温泉饅頭とか」
「おお、いいのぉいいのぉ!袁紹ざまぁが食べたと言っておったのでちょっとイラッとしておったからの」
捕虜の分際で吾が広めた物を吾より先に口にするというのが腹ただしい……器が小さいと思うが、まぁ身体も小さいから許してたも。それだけ食べ物の恨み妬みは恐ろしいということでもあると覚えておくと良いぞ。
「とりあえず温泉饅頭は先に作ってますからどうぞー」
と蒸籠の一段まるごと出されたので手を出そうとすると――パシンッと叩く音がなる。
何事?!
「……痛い」
「お嬢様が先です」
「……わかった」
す、凄いのじゃ。全然見えんかったから今の状態から察することができんが、おそらく恋ちゃんが吾の目に捉えられん速度で温泉饅頭に手を伸ばしたがそれを七乃が叩いて迎撃したっぽいのじゃ!
いやいや、七乃。おぬしはゆるふわのこちら側じゃろ。なんでそちら側に行っておるんじゃ?!
「はい。お嬢様、あ~ん」