第二百五十三話
楽しい時間とは過ぎるのが早いもので、吾等の休暇は今日で終了。明日には帰路について明後日には仕事じゃ。
前々から思っておったが宮殿はなぜあんなに無駄に広いのにも関わらず狭く感じるんじゃろうな?心の問題か、それとも吾の視界(書類の山)の問題、それとも現実的視界(乱立する三階建ての蔵)の問題か、どれじゃろうな?有力なのは吾の視界のつもりじゃが、現実的視界も捨てがたいの。
「……この気持ち、どこかで感じたことがあると思ったらアレか」
GW……ゴールデンウィーク明け頃に感じるアレじゃな。
大型連休というのはその最中は我が世の春って感じじゃが、明け頃になるとやってくる強敵じゃ。
「お嬢様ーどうせならもうこのまま全国一周旅行に行きませんか」
「それも良いの~」
まぁ実際は無理な話――
「では手配いたします」
とノータイムで手配しようと動き出す紀霊に慌てて声を掛ける。
「ちょっ、冗談じゃぞ!」
「そうですか」
「残念ですねー」
「ええ、本当に……」
危なかったのじゃ。漢王朝崩壊の危機は免れたぞ。
というか魯粛さんや、何さり気なく乗り気になっておるんじゃ。おぬしは特に替えがおらんのじゃぞ。
表も裏も機密だらけの商会を任せられる信頼に足る人物はなかなかおらんし、何より高い能力が必要じゃからのぉ。
この休暇ですら多くの影を動員してギリギリなんじゃぞ?これ以上は無理じゃ。商会が機能しなくなるぞ。(影達が過労で倒れて)
「全国一蹴?武者修行ですか!いいですね!」
「……楽しそう」
「一蹴ではなく、一周だ。……しかし、それは面白そうだな」
周泰と恋ちゃんの天然さはともかくとして、関羽……おぬしまでノッてどうするんじゃ。おぬしが最後の砦じゃろ。おぬしにまで暴走されるとメンツがメンツだけにブレーキが壊れたBagger288並に怖いんじゃが。(Bagger288というのは世界一大きい車……車?です)
「さて、最後の休暇じゃがどうやって過ごそうかのぉ」
七日あった休暇で思いつくことは一通りやったしのぉ。
囲碁、将棋、チェス、人生ゲーム、億万長者などのゲーム類を始めとして、宴会や狩り(主に見物)、闘犬観戦(恋ちゃんの家族の戯れ。ちなみに最強はセキトらしい)、大迷路脱出(宿内にある防御機構の一つで遊具にもなっている)、大量の服(于禁製)が用意されておってなぜかファッションショーを行うことになったり、その中にあったコスプレで即興劇をやってみたり、集合写真的な意味も込めて壁に絵を描いたり、お昼寝したり、周泰と猫探ししたり、陳宮とキックの練習してみたり、魯粛と読書してのんびりしたり、七乃に面倒見てもらったり、孫権が黒くなったり、紀霊の見事に割れておる腹筋を撫でてみたりと本当に色々した。
充実した休暇であった。
そして最後にふさわしい何かを皆でしようと思って声を掛けると同じ思いだったのか勢揃いを果たす……が、問題は何をするかじゃな。
「そうですね……今すぐ、というわけではないですが今晩は皆さん一緒に寝るというのはどうでしょうか?」
「さすがにそれは――」
「賛成」
早い、早いぞ孫権。
真っ先に賛成に流れそうな紀霊や魯粛を抑えての孫権が一番に名乗りじゃ。早すぎるじゃろ
それと皆で一緒に寝るってパジャマパーティー的なあれじゃろ?男の娘とはいえ、立派な男じゃぞ?いや立派かどうかは知らんが。
「既に湯浴みを共にしているのに今更でしょう」
あれ?てっきり反対する最大の味方と思っておった関羽さんが初っ端からあちら側ってどういうことじゃ?
「いや、その……この休暇が思ったより楽しかったので、最後はせっかく皆で過ごしたいと……」
関羽は恥ずかしそうにしながら語った。
そうか、この時代じゃとこういう休暇という概念はほぼない。
休暇というより休息、一時的に休むためのものはあってもこんなまとまった休みを経験したことはない浪人以外ないじゃろう。その浪人とて明日がわからぬ身である以上、休みと言えるものではない。
農家がほとんどじゃからの。冬などの農閑期は暇そうなイメージじゃろうが、農閑期は農閑期で忙しいからのぉ。
秋の祭りを一日程度やってその後は冬支度をせねばならんから大変なんじゃよ。日本と違って薪を用意したり、衣替え(この場合の衣替えは作ったり仕立て直し)したりの。
上流階級ともなれば休暇はあるじゃろう。実際吾等がそうじゃからの。
しかし、上流階級というのはしがらみが多くて、こんな悠々自適な時間を誰かと過ごすということは少ない。誰かと過ごすというのは社交の場になってしまい楽しむのは二の次になってしまう厄介な立場じゃからのぉ。
それに比べて吾等は立場なんて別にいつでも捨てられる身軽で無責任な奴らじゃからのぉ~。
天下ほしい?どうぞなのじゃ~……ただし管理できそうになければ首切るからの?的な感じじゃからなぁ。
そんな吾等が社交の場などと堅苦しいことになるわけがないじゃろ。いや、まぁそういう者は置いてきたとも言えるがな。司馬家とか連れてきたら間違いなく気疲れすることになったじゃろう。
つまり、本当の意味での休暇はこの時代にあまり存在せんから関羽をも魅了したということじゃな。
決してホワイト(給料多い)ブラック(使う時間どころか寝る時間すらもない)企業に戻りたくないということではないはず。
「仕方ないのぉ。なら今夜は存分に語り合って寝るか」