第二百五十七話
実のところ、吾が敗北するとすれば華琳ちゃんや劉備、孫策ではなく、董卓にだと思っておる。
正直、華琳ちゃん達には負ける気がせん。
華琳ちゃんは天下を決める戦いに卑怯な手を持ち出すとは思えんし、後ろには公孫賛と劉虞が後ろにおって戦力を集中できん。劉備は足元がガタガタ、孫策はそもそも勢力的には一番小さい。
そして何より、全員に言えることじゃが物理的に距離が遠く、そして漢民族という精神障壁があることで初動が遅れることが一番の要因じゃ。
それに比べて董卓は涼州という洛陽から近い上に、馬家などが外れたとはいえ、涼州騎馬隊は圧倒的機動力を有し、その騎馬隊は半異民族であり、大義名分など殆ど無くても漢王朝が気に入らないと言えば突撃してくるほどの精神障壁の無さじゃからのぉ。フットワークが軽いんじゃよ。
そして董卓に賈駆に張遼に華雄に――
「恋ちゃんじゃもんなー。普通に負けるじゃろ」
体勢も整える時間も与えられず、騎馬隊に蹂躙され、個の武力の恋ちゃんが暴れる……悪夢じゃな。
そんな妄想が掻き立てられるだけの激闘が目の前で繰り広げられておった。
あ、ちなみに七乃は既にポコーンッという音と共に吹っ飛ばされて倒されてしまったので今は関羽のみが戦っておる。
しかし、紀霊との戦いではそんなに感じなかったのになぜ今更になって恋ちゃんの強さを感じたんじゃろ?
疑問に思っておると魯粛が解説をしてくれた。
「紀霊さんは速度重視でしたので呂布さんと打ち合う回数が少なかったですが関羽さんは力重視ですから」
なるほど、言われてみれば紀霊との戦いではシュシュ!スッ!キンキンッ!って感じでスピーディーな感じじゃったが、関羽はガギンガギンッ!ドゴンッ!ズガガガガッ!というお互いの力で相手を捻じ伏せようとするイメージが強いのぉ……説明が阿呆っぽい?目の前の嵐のような戦いを前に語彙力などどこかへと逃げ出してしまうわ。
タイプが同じであるがゆえに噛み合い、凄さがより際立つ。
だからこそ――
「恋ちゃんの底はどこまで深いんじゃろうなぁ」
恋ちゃんも関羽も紀霊や周泰という強敵を相手と連戦である以上それなりに疲労しておるはずなんじゃが……関羽には疲労の影が見て取れるのに対して恋ちゃんにそれは見えぬ。
というか以前見た恋ちゃんより強くなっておらんか?それとも前回はそこまで出す必要がなかったのか……どちらにしてもこんなのと戦場であたりたくない――
ぐうぅーーーーーーーーーーーーーーーーー。
突然爆音が鳴り響く。
その発信源は……恋ちゃんからじゃな。
「……お腹空いた」
やはり恋ちゃんは兵糧攻めが基本か……むっ、関羽が戦いをやめんな。むっ、一瞬表情が変わったの。
「なるほど、これも一つの戦術ですね」
魯粛がそう呟いたことで納得した。
つまり、関羽は最初からこれを狙って戦っておったということか。原作では考えられん策士っぷりじゃのぉ。
それを察したからなのか、恋ちゃんの雰囲気が変わったのが吾にもわかった。そして対面している上に吾とは次元が違う関羽がそれを感じぬわけがない。
「……行く」
その宣言は他人へと向けたものではなく、ただ自分の思考を漏らしただけのものじゃろう。しかし、その声には間違いなく意思を感じた……早く終わらせてご飯食べる、というな。
その気迫はどこまでも真剣なものなのじゃ。というかチビりそうなほどなんじゃが。
「くっ!」
おっと、気迫だけでなく、切り合いの結果にも変化が出たのじゃ。
もちろん不利になっておるのは関羽じゃ。
これまで関羽の攻撃は受け止められるだけじゃったが、今は攻撃回数そのものが減っておるが少ない攻撃も払うついでに攻撃まで加わる。
そして恋ちゃんの攻撃を受ける関羽の様子も変わっておる。問題なく受けれた攻撃が今では一撃で槍が浮き、二撃で身体が泳いで、三撃目は受けきれないと後ろに下がってなんとか対応とギリギリな状態に陥っておる。
これは勝敗が見えた……まぁ関羽には悪いが最初から恋ちゃんの方が勝率は高いと思っておったが……これは眠れる龍を起こしてしまったようじゃな。
関羽からの攻撃が少なくなり、ほぼ恋ちゃんが攻撃する一方となり、もうすぐ決着――と思った時。
「――ここっ!」
それは見事な奇襲であった。
動いたのは倒れ伏した七乃。
恋ちゃんの後背から剣を斬りつける。
誰もが意表を突かれたものであったと思った。
関羽も下がる方向を調整して恋ちゃんを誘導しておったのじゃろうな、と今なら思うがそれはこの瞬間を見ておるからわかるのであって途中で不自然さは欠片もなかった。
しかし――
「甘い」
振り返りもせずに正確に七乃の腹部に槍の石突きを叩き込む……派手に飛んだりはせんかったが膝から崩れ落ちてしもうた。大丈夫じゃろうか。
しかし、関羽もそれを見落とさず切り込む――
「ふっ!」
――が、恋ちゃんは更に速い横薙ぎの斬撃を繰り出し、関羽の胴に当たり、吹き飛び地面を何度か転がり……動く様子はない。
ここに勝者が決した。
「お腹空いた…ご飯」