第二百五十九話
「様子はどう?」
「おお、曹操ちゃんか。うーむ、なかなか難しいのぉ」
「それはそうでしょうね。もともと観賞用ですもの」
「しかしのぉ。この色鮮やかさをそのままで美味く料理ができればウケると思うんじゃがのぉ」
「否定はしないけど私でも無理よ。火を入れれば色は変わるし、生だと食あたりもあるし……ちゃんと処理しても少し泥臭いし、小骨も多い……どうやっても無理よ」
「だからこうして丹念に環境を整えておるんじゃろ?」
「その途絶えぬ努力と底が見えない資金力には感心するんだけど……」
「うむ、諦めぬのじゃ。吾はどうしても美しく美味い鯉を育て上げるのじゃ!」
「まぁ気持ちはわからなくはないのだけど」
急流の滝を登りきる鯉は、登竜門をくぐり、天まで昇って龍になる。
俗に言う鯉の滝昇りというやつじゃな。
これ、李膺という人物が言葉なんじゃが……まぁ平たく言うと、この時代の人物なんじゃよ。
それでこの言葉、妙にウケて絵画とされたり語られたり書物にされて現世まで残るわけじゃ。
その流行にあやかって鯉で美しく、美味い料理を作ろうと思ったのじゃ。
しかし、鯉というのはなかなかに難物で、曹操ちゃんが言ったとおり処理にも手間がかかる上に小骨が多い。
むろん食べられないほどではない……が、それは庶民ならばであって、上流階級の口には入らぬものしか無い。
模様が美しいので庭の池で飼って、偶に侵入した民衆か猫や鳥に盗まれ、食べられるか売られるか程度の存在じゃ。
じゃが、美しいからこそ池で飼っておるわけで、それでいて美味いとなれば皆飛びつくと確信があった。
「何の話をしているのです?」
陳宮がなんか言っておるがスルーするとして――そんな努力も実を結ぶことになったのじゃ。
若干の泥臭さは仕方ないとして、小骨に関しては解決できたのじゃ。
今まで美しさ重視でサイズにこだわっておったから知らなかったがでっぷり太らせると合わせるように小骨が大きくなり、処理がしやすくなることが判明したのじゃ。
そして金持ちは手間を惜しまない(金の力に任せて他人にやらせるから)ので処理は問題にならん。
更に骨が大きくなるように骨が大きい個体同士を交配させ続けたのじゃ。
ちなみに骨の大きさを生きたまま知るのが一番苦労したのぉ。ちなみに方法としては人間の手で触れると鯉が……というか魚全般は火傷するのでキンキンに冷やした手で掴んで後は経験じゃの。
いやー、あの時は本当に大変じゃったぞ。吾の可愛らしいお手々が真っ青になったからのぉ。
「なんで袁術がそんなことしてるのよ」
「命とは取り返せぬものじゃよ。曹操ちゃん……取り返せぬことこそ自身で動くべき、そうじゃろ?」
「……そうね。愚問だったわ」
誰かに変わってもらって鯉が死んでしもうたらまたやり直しじゃ。一匹や二匹ならまだよいが、同じ対応をされるとなるとかなりの数が死んでしまう可能性がある。
そんな大事なことを他人に任せられん。そもそもそんなことになったらそやつ、自殺(に見える他殺)せねばならなくなってしまうからの。(どこかの使用人の剣が血に濡れる的な意味で)
「ちなみにこの時はまだ七乃を拾ってくる前じゃから任せることができるのは紀霊しかおらんかったんじゃが万が一があった場合紀霊じゃと――」
「そのようなことがあったなら自死で侘びなければなりません」
「じゃよなぁ。その点、七乃なら殺しちゃいましたーこれは切腹ものですねーと言って他人の腹を掻っ捌くか、吾が作った刺さったように見える短刀で柔らかいお腹をもにょんってするだけじゃな」
「柔らかいお腹は余計ですよ!」
つまり大部分的には間違っておらんということじゃな。
「てへぺろ」
死んでほしいわけではないから別にいいんじゃがな。
「それでなぜこんな話を聞かされているのですか?!」
「いや、お泊り会といえばコイバナじゃろ?だから鯉バナをしてやったのじゃぞ」
「こいばなが何かわかりませぬが絶対そういう話ではないと思うのです!!」
なぬ?!