第二百六十一話
「冀州に居た頃は本当に大変でした」
関羽は懐かしむ表情……ではなく、苦笑いと疲れが浮かんだ。
「黄巾賊達に荒らされた田畑、曹操に逢引に誘われ、誰も居なくなってしまった村々、曹操に夜這いを掛けられ……時効だと思い申し上げますが戦時中も復興に手を貸しておりました」
「その程度構わん構わん。情けは人の為ならずというからの……というか華琳ちゃんへのクレー……苦情が多い件について」
「これはまだ一部ですよ。嫉妬に狂った夏侯惇に昼夜問わず襲われることになり、しかも復興作業中にまで襲ってくるので何度復興作業が……その……滞ったか」
「良い良い、そんな濁さずとも大体想像がつく。あれじゃろ、せっかく復興しておるのに家を消し飛ばしたり怪我人を出したり道を陥没させたりしたんじゃろ?」
「……付け加えると小火が発生しました」
うわぁ、こういう木造の建物を主体とする時代において火の取り扱いは厳重にされておる。そして小火のきっかけになった春ちゃんは重罪人一歩手前じゃ。
……もしかして華琳ちゃんが冀州に本拠を構えたというのに春ちゃんが陳留に留まっておるのってそれが理由かや?てっきり吾の侵攻を警戒してかと思っておったがただ単に冀州に行きづらいだけか?
それなら納得じゃな。華琳ちゃんはわかっておるじゃろうからの。吾から攻めるようなことはせんと。
やはり細かい情報は色々取りこぼしがあるのぉ。
黄巾の乱の頃は影に華琳ちゃんの監視はさせておったはずじゃがそんな報告が合った覚えはない。……いや、忘れておるだけか?あの頃は絶賛デスマーチ中じゃったしな。
「ってそういう話ではなくてじゃな。その土地土地固有の特徴とかなかったのかや?」
「そうですね……ああ、そういえば中華一の穀倉地帯というだけあって穀物で作られた食事の種類が多かったですね」
「そう、そういうのじゃ。具体的にはどんなものがあったんじゃ?」
「労働したというのもありますが麦粥がとても美味しかったのを覚えています」
……いや、そりゃ横浜中華街の中華粥なんかは名物としてあるがの?しかしなんというか……その……のぉ?
「鮒が入って唐辛子の辛味とちょうどよい塩加減が疲れた身体を癒やしていただきました。ああ、偶に海から鯛を運んで来る者もいまして、それをいただくこともありました」
「ほう、関羽がそのようなものを……」
原作とは違って多少柔らかくなっておるが、品行方正、質実剛健というイメージは変わりない関羽が鯛などという贅沢なものを食すとは。
「それは売っていた人も助かったでしょうね」
一種の人助けというわけか。
恵んでおっては金などいくらあっても足らんが、そういうやり方なら問題になりにくいからの。
「後、蕎麦焼き(焼きそばではなく、ガレット的なもの)と山菜が入った饅頭も美味しかったです」
しまいにはカリッとした蕎麦粉を水で溶かして薄く焼いた――と食レポを始めたぞ。
もしや関羽は意外と食いしん坊キャラ……いや、どちらかというと美食家?だったんじゃろうか。
まぁ原作と違って何を食うにも困らぬほどの金を手にしておるから案外そういうのにハマる可能性はあるか。関羽は結構凝り性じゃなぁ。
しかし、改めて思う。
こんな時間に食べ物の話をするもんじゃないの。
先程からあっちこっちから腹が鳴る音が聞こえるのじゃ。特に恋ちゃんが酷い。
「仕方ないのぉ。歯磨きしたが夜食でも食べるかや」
「こくこくこく」
恋ちゃんが物凄い高速で頷いてお手々を小さくパシパシしておる。なんじゃそれは、可愛すぎるじゃろ。
「しかしこの時間に食事は……」
「ですねー。いくら蜂蜜食べても太らないお嬢様にはわからないでしょうけど……」
というか明らかに病気になる量の蜂蜜を食べておるのに全然異常がないあたりが異常じゃよな。
それにしても七乃はともかく、関羽も乙女じゃなぁ。アレだけ動いておれば太ることなんぞないじゃろうに。
吾からすれば若いうちにこそ好きなだけ食べた方が良いと思っておる。
年を取れば否が応でも食事は制限しなくてはならなくなるし、舌も鈍化していくからの。
ついでに言えば音楽もできるだけ若いうちに聞いておくほうが良いな。聴覚の老化によって高い音が聞こえなくなってしまうからのぉ。……あ、イヤホンの付け過ぎには注意じゃぞ?耳に負担を掛け過ぎて老化が早くなるのは間違いないからな。特に安物は。
それはともかく――
「フッ、そう言うと思うてちゃんと対策しておるぞ。持ってまいれ」
吾の声と共に入ってきたのは女官が保っておるのは――
「なんですか?これ」
「これはの、食べても太りにくい麺……ところてんじゃ」
「「「おおおーーーー」」」
いや、それほどリアクションされるとは思わんかったが……乙女が体重に掛ける思いというのはいつの時代も強いのぉ。
まぁ恋ちゃんは特に気にしてないようじゃが。
「ただし、だからといってこればかり食べておったら体調を崩すので要注意じゃぞ」
「ええー」
七乃は太っておるわけではないのじゃから多少気にせんでも良いとは思うが口にはせん。これに関しては迂闊なことを言えば炎上待ったなしじゃからな。