第二百六十三話
「そういえば孫権に似ておるあのチビ助は連れてこなかったのですか」
陳宮が突然話を振ってきたが――
「?誰のことでしょうか?」
孫権には心当たりがないようじゃ。
吾にも心当たりがないのぉ。
「む、孫権の身内ではないのですか。髪の色や肌の色が似て、名前も孫尚香というのでてっきり孫権の家のものかと思ったのですが……ってどうしたのです?まるで買い物に集中し過ぎて連れていた子供を置き去りにして家に帰りついてしまった母親のような表情ですぞ」
随分具体的な例えじゃな。しかも的を射ておるあたりがまたなんとも。
すっかり忘れておったぞ。最初の頃こそいい嫁ぎ先がないかとか色々絡んできたがテキトーにあしらっておったらいつの間にか来なくなったな。
ちょっと悪い気がしたが、あの頃はマジで死にそうじゃったから余裕がなかったんじゃよ。
一体どうしておるんじゃろうな……と思ったところで孫権の方に目をやると――あ、これ、吾とあまり変わらん感じか?そういえば孫権は吾の世話をするためにろくに家に帰らんからの……というか。
「まさか孫権、孫尚香に話さずに来たのかや?」
「……」
孫権は黙って頷いて肯定する……これは話が漏れてしまえば大変なことになるぞ。主に孫尚香の癇癪……いや、癇癪というには非はこちらに多いか?家族が旅行に行くというのに黙っていたなどさすがに分が悪い。
……ん?そういえば孫尚香とはどのようなキャラじゃったっけ?ロリっ子の中では妙に色気づいておるというのは覚えておるが具体的にどんなイベントがあったか覚えておらんぞ。
ただし、一つだけ確実なのは……何気に孫家らしく武闘派であることじゃな。
「のぉ、孫権」
「……何でしょうか」
「孫策達に会いに行きたかったり――」
「しません」
吾、まだ全部言い終わってないんじゃが?
「そうか?今回の休暇でまたしばらく忙しいじゃろうが、前よりは休みを取れるのじゃから――」
「行きません」
せっかく逃してやろうというのに頑なじゃの。それほど会いたくないのかや。
「それとも……私が居たら駄目なんですか」
「そんなわけないじゃろ。ほれほれ、そんな泣きそうな表情するでない」
無論、孫権が必要でなくなったわけではない……というかおらんなったらめっちゃ困るぞ。
最近の孫権を見ておったら吾を裏切らぬと確信した上で、暇が出来たからこそ一時でも家族と過ごしておくのも良いのではないかと思うんじゃが。
なにせこの世界は気なんて変わったものはあるがそれも万能ではなく、人の命というのは容易く失われる。
病、暗殺、事故、自然災害、現代日本でも防げぬものがある。
さすがに人質同然に送り出されてからの挨拶もない別れが最後というのはなんともやるせないじゃろ。孫権が後悔するじゃろうし。
というのも一応華佗に周瑜を診せたことでほぼ確定しておった病死は回避することができたはずじゃ。
じゃが交州に向かって開拓中なんじゃよ。しかも人材不足、物資不足から効率を考えて周瑜が陣頭指揮を執っておる始末……ちなみに南荊州は陸遜が指揮を執っておる。
陸遜が荊州におると関羽が心配になるのぉ。いや、さすがに司隸におるから何かあるとしたら甘寧じゃがな。
健康になったからと辺境で陣頭指揮などまた無茶なことを……ついでに孫策も暇(書類から逃げるため)なので開拓の手伝いをしておるらしいしの。
最高権力者が二人して開拓というのはどうなんじゃ、と思うが、一番心配なのは流行病じゃな。
辺境の開拓などどんな病になるかわかったものではない。
つまり、吾がせっかく潰したフラグが再建されてしまったように見えるのじゃ。
「というわけで逃げる理由には十分じゃろ」
「お嬢様、こういうことは早く済ませておくことが肝要です」
うむうむ、おぬしの志はわかった……が、そのすぐ剣を抜こうとするのはやめた方がよいぞ。というか仮にどころか本当の妹じゃろうが。
「そういう意味では孫策とも早いうちに和解しておくのじゃぞ」
プイッと顔を背ける姿は微笑ましいが……そんなに孫策が気に入らんか。
「お嬢様の信頼を裏切ったのですから当然です」
「……なら滅ぼすか」
「わかりました。帰り次第準備に掛かります」
…………。
あれ?吾の思っておったリアクションと違う。
「いや、そこは止めるところじゃろ」
「いえいえ、武人としてはともかく、君主としては未熟な姉様は乱世の種となりかねません。ここはサクッと始末しておく方が安牌です」
「さすがに大義が立たぬじゃろ」
「無理を通せば道理は引っ込むんですよ。お嬢様」
あれ、いつの間にかポジションが変わっておらんか?吾がなぜ孫策を守る立場に……自分で振っといてなんじゃが今の所滅ぼすつもりはないぞ。
「大義は大事じゃぞ。今孫策を適当な理由を付けて討ってしまうと董卓や公孫賛等が怖がってしまうからの」
「……音々達の前で堂々となんというやり取りをするのですか」
「まぁ心配せんでも吾等が動くことは当面はないぞ」
そもそも孫策討伐に~なんてことになれば例え董卓が気にせんでも劉備や華琳ちゃんが黙っておらんじゃろうからな。北から華琳ちゃん、北上して西から劉備とおまけ……のはず北郷、南から孫策とか面倒にも程がある。ひょっとしたら陶謙も動く……ことはないか。金漬けにしておけばやつは動かん。
何にしろあっという間に第二次反袁術連合(ガチ)ではないか。