第二百六十四話
最後のお泊り会(吾は起きるまでではなく、寝るまでじゃと思っておる)も終わり、皆が寝静まる中で吾は窓を開けて月を眺めておる。
月もそうじゃが、星も美しいのぉ。
昔の人達は星々を見て物語を描き、それが星座となったというがその気持ちがよく分かる光景じゃ。
今の時代、美しいものの代名詞は星、水、山、花の四つじゃな。絵画や詩の素材によくされるというのも頷ける。まぁ絵画の場合は星というよりも月が多いがの。
「ふぅ……」
「どうしたんですかお嬢様。疲れた老人のような重々しいため息を吐いて」
「む?起きておったのか七乃」
「ええ、お嬢様がお休みになられていないのに寝るわけにはいけませんよ」
いや、別に寝ても問題ないんじゃぞ?それに仕事の時はバラバラに眠っておるじゃろ……というのは野暮というものか。
「疲れておいでですか?」
「……どうじゃろうな。疲れていないといえば嘘になるが――」
南陽太守になってからこっち、ほぼ休み無くここまで走ってきた。
故に疲れていないとは言わぬ……が、まだ降りるというほどは疲れてはおらん。
「ご無理はなさらないでくださいね」
おや、珍しく七乃が本気で心配しておる表情をしておる。
吾はそれほど疲れた表情をしておったじゃろうか?
「お気づきになられていないようですけど、今日摂取した蜂蜜はいつもより少なかったですよ」
マジか、全然気づかんかったぞ。
「ふむ、さすが七乃じゃ。吾自身が気づかぬところに気づくとは」
「当然ですよ。お嬢様のことなら何でも知ってますよ。一昨日、夜中に寝ぼけながら厠に出向いて壁にぶつかって涙目になっていたことや――」
なんでそのことを?!
「もう成長しないとわかっているはずなのに身長を毎日測っていることや――」
もうやめてたも?!吾のライフはもう0じゃぞ!
「椅子に腰を掛けた女袴(スカートのこと)に仕込んでいる蜂蜜の壺の上に乗ってしまって地味に痛くて悶絶していたことや――」
更に追い打ちじゃと?!というかあの時は誰もおらんかったはずじゃぞ!なぜ知っておる?!
「毎日一時間ほど自分がどのようにすれば可愛く見えるのかの研究しておるところや――」
あー、うん。やっぱり見られておったか。
正直これは見られておるじゃろうなぁーと思っておった。しかし、ほれ、せっかく可愛く生まれ変わったからにはそれ相応の責任があるじゃろ?
それに可愛い仕草というのはどうしてもクールなのと比べると愚かしく見えるという側面もあるからの。
今では吾を名家の無能なお嬢様という評価はされんじゃろうが、どれほどの人物かを正しく測らせないというのは割と大事なんじゃよ。
そもそも吾が偉ぶっても子供の背伸びにしか見えんしの。
決して恥ずかしいから言い訳しておるわけではないぞ、うん。
「孫権さんの情熱を持て余し気味なこととか」
ちょっ!ここでそれをぶっこんでくるかや?!
「ふふふ、お嬢様がどのような決断をなされるかまではわかりませんが、私はどこまでもお嬢様の味方ですよ」
うむ、そこは疑ったことはないぞ。
「でもでも側室一号の座は譲りませんからね!」
「あー、うん……まぁそうじゃろうなぁ」
吾は恋愛にはとんと疎いんじゃよ。前世からの。
そんな吾が唯一、隣に居て当然じゃと感じるのは七乃じゃ。これが恋だの何だののという感情ではないことは吾自身わかっておるし、七乃もわかっておるじゃろう。
ただ……七乃を受け入れるつもりがない正室には用はないの。
「……月が綺麗じゃの」
現代日本ではそこそこ通じる言葉じゃが、今は決して通じぬその言葉。
しかし、なんとなくじゃが七乃になら、通じるのではないかと思う。
「そうですね……でもお嬢様には敵いませんよ」
返ってきた言葉こそいつもどおりであるが、その声色は明らかに日頃のそれとは違うものであった。
どのように伝わったかわからぬ。しかし、間違いなく思いは伝わった。
そうしてしばし共に星空を眺めた。
「くしゅん」
いやー、蜂蜜の食べる量が減っていたのはマジで体調が悪かったからのようじゃ。
帰路についてしばらくは大丈夫だったんじゃが、もう少しで帰り着く……っというところでぶっ倒れてしもうたのじゃ。
うーむ、体調には十分気をつけておったつもりなんじゃがなぁ。
今までの疲労が一気に出たのかもしれんな。
あ、それと無意味に祈祷なんてやろうとしておったからそれらは遠慮してもろうたぞ。あんなにうるさくて寝れるわけがなかろうが。