第二百六十五話
多くの英霊(過労死)が無駄死にで無かった事の証の為に……!
再び皆の理想(定時帰宅)を掲げる為に……!安らかな、眠りの為に……!
洛陽よ!吾は帰って来た!!
と帰ってきて早々に叫ぶつもりでおったが、病でぶっ倒れておったら世話がないのぉ。まぁ冷静に考えれば元ネタが誰一人わからん以上、冷たい目で見られて終わりじゃからある意味助かったとも言えるし、吾の奇行はいつものことなので軽く流されるだけで終わるのじゃからやれなかっただけ損とも言える。
ちなみに洛陽に残っておった帝と司馬家や張春華は吾らと入れ替わるように旅行に出た。
吾が病で倒れたと聞いて帝は残ろうとしたそうじゃが……嫌われてはおらんと思っておったが思ったよりも好かれておったんじゃなぁ。それとも世渡り戦術の一つかのぉ?どちらでも良いが……司馬家と張春華は揃ってこんなところに用はないぜ!と言わんばかりの足の速さだったらしいのでどちらかというとこちらが問題じゃな。
そんなにブラック企業から逃れられるのが嬉しいのかや?……嬉しいな、うん。
そういう意味では帝なんぞはわざわざ残ろうとしたぐらいじゃから社畜根性が根付いておるんじゃなかろうか……帝が社畜、なんというパワーワードじゃ。
「くしゅん」
「療養に行って風邪引いちゃうなんてね~」
そんな中一人だけ残ることを選択した者がいる。しかも目の前に。
「風邪が移ってしまうから部屋から出たほうがよいぞ」
「あ、そうだ。果物剥いてあげる!どれがいい?あ、桃にするわよ!」
吾の話を聞かん上に聞いておいて勝手に選んでおるし……傍若無人にもほどがあるぞ。孫尚香。
「いいでしょ~。私を置いて旅行に行くなんて暴挙から比べたら可愛いもんよ」
「くしゅんっ……それなら孫権に文句を――くしゅんっ!――言いに行ったらいいじゃろ」
「もう行ったわよ。そしたら抜身の剣が飛んできて冷や汗が止まらなかったわ。あれ、私が躱さなかったら絶対刺さってたわ」
「……もしやその帰りか?」
「ええ」
それは駄目じゃな。
いい加減吾の体調に気づかなかったことで凹んでおった孫権に追い打ちするかのように仕事の山が並ぶ……更に言えばそのこの書類、旅行中に勢いで決めた董卓にシルクロードの整備を委譲するためのものであるというのがまたまた皮肉が効いておるの。
「おっ、意外じゃな。随分と包丁捌きが様になっておるな」
孫尚香の桃を剥く手際は淀みなく、スルスルスルっと果実の衣を脱がしてゆく。
「まあね~。これでも一応料理とかできるんだよ~。お姉ちゃん達と違って」
「見た目に反して女子力が高いのぉ」
「女子力?なにそれ!語感がいいね!!気に入った!それと見た目はあんたもでしょ!!」
いや、吾は男の娘じゃし。
それと……孫策が料理できんのは想像通りじゃが、孫権が料理できないとは思わなかったぞ。
あっ、剥いた桃をくれるわけではないのじゃな。自分で食べよったぞ………………ん?孫権の手料理を以前食した覚えがあるような?
「ハッ!殺気!!」
手に持った桃を吾に向かって投げ渡し、素早く己の武器である月下美人を引き抜き受ける態勢に入る。
そして、ガギンッと金属同士がぶつかり合う不愉快な音と火花が発生した。
その結果、孫尚香の姿が吾の視界から消える。
「い、今の、ほ、本気で斬るつもりだった!!」
「ええ、全力全開です」
否定するどころか肯定するのは黒いオーラを纏う孫権その人じゃ。
「病人の……しかもお嬢様の寝室で騒ぐとは万死に値する」
めっちゃブーメランなのじゃ……とは言わないでおく。孫権が凹んだら仕事が滞るからの。
「あ、お嬢様。一応申しておきますが、私は料理は一通りこなせますので誤解なきように……なんなら作る過程からご披露を――こら、逃げない!」
「あ、二人とも待つのじゃ!!」
静止をいれると見事に止まった。
よかった。言いたいことがあったんじゃよ。
「孫尚香……なんか太っておらんか?」
「んな?!」
「……プッ……た、たしかに以前に比べてデブ……ふくよかになっていますね」
今まで孫権は気づかなかったようじゃな。やはり身近な者だとわかりにくいものなんじゃろうか?
「し、失礼ね。ふ、太ってなんか……太ってなんか……」
あ、これは自覚があったけど目をそらしてた系じゃな。