第二百六十六話
「全く、シャオったら……」
太った孫尚香がダイエット宣言をして逃げ去っていったが孫権は追いかけずにこの場に留まるようじゃ。
ところで孫権の剣には少量の血が付着しているのじゃが孫尚香は大丈夫じゃろうか。
「大丈夫です。あれぐらいの傷をどうのこうのというほど孫家の女は軟弱じゃありません」
こういうところは孫策と似ておるよなー。言ったらブチ切れしそうじゃから言わんけども。
後で見舞いの品でも手配しておくか……病人が見舞いの品の手配とはなんだか妙な感じじゃの。
「ところで仕事の方――くしゅん――は大丈夫なのかや」
「とりあえず急ぎのものは終わらせてきました。すみませんがもう少ししたら魯粛様の手伝いに行かなくてはいけません」
「構わん構わん。それで、上手く委譲できそうかや?」
「ええ、一ヶ月もすれば押し付けることができるかと」
吾がオブラートに言い表したのに孫権がズバッと直球で押し付けるなんて言い寄ったぞ……まぁ今更じゃがな。
「ついでに曹操には黄河の港の整備を、孫策には長江の港の整備を押し付けようと思うのですがどうでしょうか」
ふむ、それは仕事が減って嬉しいが随分と利権を握られることになりそうじゃのぉ。
「……孫策の方はいいとして、曹操はいかんな。長江の利権を渡してしまうには勢力が大きすぎ――ゴホゴホ――じゃ。そちらは魯粛に要相談じゃな」
「わかりました」
とりあえず冀州で裏商会が管理しておる街を幾つかぶん投げるかの。
本当は裏商会が保有しておる中では情報源になり難い鉱山を候補に上げたいところじゃが、これは軍需物資じゃからのぉ。あまり他所にやりたくない。
この時代の街というのは二通り存在しておって、わかりやすくまとめると直轄統治と間接統治がある。
現代風に言えば、直轄統治は朝廷、政府が徴税をしており、間接統治は地方自治体が徴税してその後に国に税を収めるというイメージじゃな。
まぁ今回の場合は正確に言えば地方自治体ではなく、企業(商人)であるが。
これらの差は国主導で土地を開いたか、個人や一族、商人が開いたかの違いじゃな。
ちなみに吾が裏商会を通じて開いた街は優に千を超えておる……らしい。いや、あくまで書類上ではそうなっておるのじゃが、本当にそれほどの数の街を持っておるという自覚はない。
それでその街を手放すというのはそれなりの利権を失うことになるんじゃが……正直に言うと今吾等は金より人手が足らぬのじゃよ。(今更感)
街を任せるというのはそれなりに有能な人物を配置する必要がある。情報収集にはいい立場ではあるが余計な仕事も抱え込んでしまって逆に質が落ちてしまっているという現象が発生しておるようじゃ。
なにせ吾と裏商会が繋がっているのを知るものは最初の頃から比べるまでもないが規模から考えればやはり少数じゃ。故にその少数を街に固定しておくのはなかなかに厳しいのじゃ。
そもそも華琳ちゃんの下にはそれなりの数の諜報員を潜り込ませておる。もちろん自覚あり無し両方の。
街を支配しておって手に入る情報はそちらの諜報員からの方が確度が高いというのもある。
……それに華琳ちゃんが街を支配するとなると国力は増すじゃろうが人材が離れてくれるということでもあるからの。
調略もしやすくなるし、動きを鈍くさせる可能性もある。
「……ところで孫権……おぬし、孫策と呼んでおるようじゃが……」
「これは私の覚悟の表れだとお思いください」
もしかしてこの前の孫策を討つという冗談を未だに引き摺っている感じかや?
いや、本当に孫権さんの忠誠度が高すぎて怖いんじゃが、もうちょっとゆるくていいんじゃよ?
「あ、ついでに孫策には南荊州の北から南への街道整備も押し付けておきましょう」
孫権が実の姉に容赦がない件について。
「それとお嬢様に従わない益州の劉某とお嬢様を傷つけた怨敵はどういたしますか?」
正直放置でいいんじゃが……そろそろ結構搾り取れたし――
「名は忘れたが、あの絶壁に架けられた橋……全部壊してみるかの」
別にこちらに何か利があるわけではないが、嫌がらせにはなるじゃろう。
吾等には特に影響ないし、内部分裂でもしてくれれば御の字じゃ。