第二百六十七話
孫権と駄弁っておったら見知らぬ女官が訪れてきて、孫権を誘拐していったのじゃ。
本人等曰く魯粛の使いらしいから問題ないはず……ただ、孫権の全力の抵抗をものともしなかったがあたり只者ではないじゃろうな。後で名前を聞いておくか?
というか孫権、抵抗しすぎじゃ。この散らかった部屋、誰が掃除すると思っておるんじゃ……まぁ使用人なんじゃがな。
お嬢様は蜂蜜の入った壺より重いものなど持ったこと無いから仕方ないのじゃ。(ちなみに陶器の壺に蜂蜜が満杯だったら優に10kgを超える)
「お嬢様~ご加減は……って随分とっ散らかってますね~。多少元気になったからと言って無茶は駄目ですよ~」
「吾がやったのではない――くしゅん」
「冗談ですよ。はい、ちーん」
七乃め、具合が悪い時でもからかうのをやめるつもりはないみたいじゃな。
「お熱はどうですかー?」
そう言って七乃は吾の額に手を当てて温度を計る……あれじゃな。この感覚……すごく久しぶりじゃ。
「んー、まだお熱はありますねー。まだまだ気をつけてくださいね?」
額に当てておった手を肌から離さずに滑らせて頬を撫でるその表情はこの前と同様……いや、それ以上に心配そうな表情になっておった。
やはりアレじゃな、上に立つ者は常に平常でなければならんな。楽観主義な七乃がこれだけ動揺しておる……いや、改めて考えれば孫権のあの過激さは不安や心配ゆえのものであったのかもしれんな。
だから皆の者、病には気をつけるんじゃぞ?後、日頃の転売は気にせんが、命に関わるマスクを転売する外道は死んで良いぞ。
「痰は溜まってませんか?溜まってるならペッしちゃいましょう!」
「美少女は痰なんぞ溜まらんのじゃ」
「はいはい、そうですねー。はい、どうぞ」
……どうやら吾の声の変化で痰が溜まっておることを察しておるようじゃな。
まぁ今朝は喉も腫れておらんかったから声が変化しておったら検討ぐらいはつくか。
促されるまま用意された痰壺にペッしておく……うむ、楽になったの。
「後、喉が渇いてるかと思って用意してきました」
そう言って渡されたのは……生姜湯か、しかもこの香り……天さん(天津飯ではないぞ)のところの蜂蜜入りじゃな?!
「さすがお嬢様。生姜の匂いが邪魔をしているにも関わらず、どこの蜂蜜か当てられるんなんてスゴイデスネー」
最後めっちゃ棒読みになっておるぞ。……まぁ自身もちょっと廃人の域に入っておるなーとは思っておるが……しかし、現代じゃとワインでこれをやれば褒められるんじゃよなー。差別反対!
「それとそろそろお腹が空いてくる時間でしょうから食事も手配してあります」
「うむ」
さすが七乃、そつがないの。
「お嬢様、失礼します」
「お、次は関羽か。報告かの?」
「はい」
返ってきた声色は明らかに硬いもので、不本意さを滲ませておるな。
まぁ病人を働かせるのは関羽的にはアウトじゃろうなぁ。……ちなみに七乃的にもアウトなようであまり見たことがない冷たい視線をヒシヒシと感じておる。
仕方ないではないか、今は余力がないんじゃし関羽に任せたのは結構重要なことじゃしな。
「それで吾の病気に付け込んで何かを企てておる者はおらんかったか」
「旧袁紹派の者が揚州牧である袁遺殿を担ごうという動きがありました」
「袁遺をのぉ」
あやつを担ぐぐらいなら袁隗ばあちゃんを担いだ方がまだ……本人が嫌がって動かせぬか。
というか袁紹派のやつらは本当にろくなことせんのぉ。
まぁ袁遺がその気になるならとっとと処分して……そうじゃな、孫権……は無理そうじゃから嫌がらせも兼ねて周瑜に任せてみても良いかもしれんな。
周瑜を主君と仰がねばならん孫策……まぁ実はこちらの方が国としては回るじゃろうな。仮にも戦国とはなっておらん今ならば。
「後、曹操の間諜が活発に動いておりますが特に工作などを行っている様子はないそうです」
「ふむ?」
曹操の間諜がその気配を悟らせるというのはどういうことじゃ?これが何かの前触れなら逆に悟らせぬように気を配るはずじゃが?
「きっと曹操さんもお嬢様のことが心配なんですよー」
「そんなわけなかろう。きっと華琳ちゃんは吾のことを蜂蜜を食べていたら死にはせんと思っておるに違いない」
「「違うんですか?」」
「違わんがな」
「それで、どうなの。美羽の様態は」
「どうやら噂通りただの風邪のようです」
「そう……」
「良かったですね。華琳様」
「か、勘違いしないでよ。美羽を倒すのは私であって病に倒れて転がり込んできたものなんかに興味はないわ!」
(それに今現在冀州だけで手一杯なのに中華全土なんて……過労死するわね。きっと)