第二百六十八話
「おかえりなさい。恋」
「おかえりなさい。恋さん」
呂布を出迎えた董卓と賈駆の二人は言葉には敬称の差程度で、文章的には差が存在しなかった。
しかし、その言葉に込められた感情には明らか差があり、表情に至っては喜怒の二色に分かれていた。
董卓は優しくほんわりとした笑顔で出迎えたのとは対象的に、いい加減ツリ目であるのに更に吊り上がり具合が増々されている。
その視線を受けた呂布はというと……
「……?ただいま」
何かを感じたが華麗にスルーして挨拶を返す。
むしろ賈駆の声にビクッと反応したのは呂布の後ろに隠れていた陳宮だったりする。
「恋、それは何かしら?」
「お土産……美味しい」
はい、と差し出す風呂敷を董卓がありがとうございます。あとで皆さんといただきますね。と返す――が、賈駆が言いたいのはそれのことではなかった。
「言葉が足りなかったわね。その後ろにあるのは何かしら?」
「……音々?」
「れ、恋殿?!」
後ろに隠れていた陳宮を捕まえてヒョイッと賈駆の前に差し出す。
差し出された陳宮は怒られるとワタワタと慌てるがしかし――
「違う!わざと言ってるの?!その後ろの荷車達のことよ!!」
賈駆が言うようにいつぞやと同じように山のような荷車が次々とやってきている。
そのいつぞやというのは地獄の始まったあの時を彷彿とさせ、嫌な汗が止まらないのだから声を多少荒げてしまう賈駆の思いも理解できよう。
「美羽からのお土産」
「それもわかってるわよ!でも本当にお土産だけでしょうね?!前みたいな書類の山はないでしょうね?!ないわよね?!ないって言って!」
半ば狂気をはらんだその形相に呂布は……特に変わることはなく、頷いて答えた。
「あれにはない」
それを聞いて賈駆はホッとして、董卓も心なしか表情が和らいでいるように見えた。逆に陳宮の表情が曇ってしまう。
その曇は後悔か罪悪感かそれとも――
「あっちの牛車がそう」
賈駆達の希望は打ち砕かれた。
呂布の土産とされる物よりも豪華な牛車に更には見るからに屈強な兵士が護衛されている団体だった。
董卓達にとって迷惑千万の代物かもしれないが一応は朝廷からの書簡である以上、相応の警備と見栄が必要なのだ。
事実は兵士は行軍訓練で、牛車は土産と書簡が多すぎて馬ばかりでは不足しそうだったから牛を借りだしただけなのだが、この時代の牛車は貴重であり、使うのは朝廷の許可が必要なほどの希少性があり、しかも袁術による魔改造(成金)仕様で威圧感が半端ない状態だ。
もっともその威圧に負けるような凡人ではないがドンドン持ち出され、ドンドン積み上げられていく書類の山を董卓と賈駆は瞳からハイライトが消え去っていく。
「……月殿、詠殿……申し訳ないのですぞー」
小さい小さい声で、陳宮は謝罪が漏れ出た。
ただし、謝罪しても意味はない。なぜなら地獄を見るメンバーの中には陳宮自身も当然含まれることになるからだ。
「へ~、貿易路をウチらで抑えていいんならめっちゃ得するやん!……って言いたいところなんやけど……」
「ええ、西や北への貿易路の整備用の資金は出してくれるという話だし、利だけ見れば悪くないどころの話じゃないわね。利だけ見ればね。利だけ」
話を聞かされた張遼の率直な意見に頷いて肯定する賈駆だが、その表情は全然めでたい感じがなく、言葉にも疲れがにじみ出ている。
「道の整備だけなら一時的なものだからいいんだけどね。貿易路の治安維持に張り付ける人員、豪族との利益調整と予想されるいざこざの仲介……そういえば袁術が病に臥しているらしいわね。いっそ首でも狙いに行こうかしら」
「やめとき、華雄とウチである程度はいけるやろうけど、最大戦力の恋が参戦拒否するで。何より月が認めんやろ」
「……わかってるわよ。ただの愚痴だから気にしないで」