第二百六十八話
「それでどうするのだ。雪蓮」
劉備陣営からの依頼に対してどう返答するのかと周瑜が促すが、返ってきた声にはやる気がない、腑抜けたものだった。
「んー、別に無視しちゃってもいいわよね。私達が困ってるわけじゃないし」
「全く困っていないわけではないがな」
河賊が現れたのは前回言ったように長江であり、長江は南荊州の北部にあたるため交易の障害となって物流が停滞気味となっていた。
「でも許容範囲でしょ?」
「まぁな」
朝廷より任官されている、されていないはこういうところでも差が生まれる。
わかりやすく言えば益州はブラックマーケットであり、そこから流れる商品は密輸品であるために商人達の足は重く、そしてリスクもあるため安く買い叩く。
それに比べて南荊州は正常であることから特別な旨味があるわけではないが普通に商売が行える。
故に袁術の商会以外の商人達も多く出入りしているので河賊が経済に与える損害というのはそれほどでもない。
「それに……この河賊の狙い……もしかしたら商船でもなく、劉備達でもなく……私な気がするのよ。勘だけど」
「なんだと」
孫策の勘の鋭さはどんな叡智をも上回る場面があるというのを知っている周瑜は河賊が孫策を狙ったものであることを前提に思考を巡らす。
「……妥当なのは劉備達がここを取り返すための謀略……だが……」
「ええ、あの娘達にそんな余裕があるとは思えないのよ。それに水の上で私達を討ち取ろうなんて荒れ狂う海に船頭無しで航海に出るようなものよ」
つまり無謀ということである。
ならば考えられるのは――
「袁術……はこんな手段を選ぶとは思えないが」
他に孫策の命を狙う理由がある存在なんてほとんどいない。しかし、過去に共に花を愛でた時の記憶がチラつき、ついそんな言葉が周瑜から漏れる。
「そうね。それは同意見よ」
「となると……袁術の周りか」
「私達のことを面白く思っていない人なんていくらでもいるでしょうから……張勳とか魯粛とかは気にしてないだろうけど」
袁術の上層部は良くも悪くも袁術の求心力(笑)によって成り立っているため、あまり気にする者はいないし、欲が薄い者達が多い。
しかし、中層下層となると変わってくる。
袁家の名声にすり寄ってきた者、金に惹かれてきた者、権力を求める者……全員が清廉潔白などありえないのでそれは特別な問題というわけではない。
ただ、袁術の下を去り、特に目立った功績もなく南荊州四郡を治めるという優遇とも言える処置を行っていることに不満、嫉妬を抱いている者は結構な数がいる。
それは何も中央だけの話ではなく、劉備陣営でも同じようなことを思っている者もいる。益州を占領するために戦ったにも関わらず、公式的な官職を得られたのは南荊州という後方でのうのうとしていた小娘達だけというのは納得しろというのは難しい話だろう。
「では今回は見送るか」
「え~、それはそれで逃げたみたいでムカつくわね」
やはり戦いたいのは戦いたいのか、と苦笑いを浮かべながら周瑜は次善策を提示する。
「ならばあえて水上戦ではなく、陸から駆り立てるか。おそらく敵はこちらも得意な水上戦を挑むと思って備えているだろうことから虚がつけるだろうし、万が一の撤退も容易い」
水上戦では鎧で河に落ちるだけで命取りとなるし、船が沈めば動きは制限されてしまうために弓矢による一方的な攻撃を許してしまう。
陸上なら最悪敗北してしまったとしても孫策個人の武と少数の将……それこそ黄蓋などが共に行動すれば死ぬ可能性は低くなると考えてのことだ。
相手の情報がないためこの程度の策しか練れないことに歯がゆさを覚える周瑜だが、孫策は気にした様子はなく――
「それで行きましょう!」
こうして孫策の河賊討伐は決定した。
「……姉さ……ごほん、孫策なら嬉々として討伐に出て来ると思ったから狩れると思ったのに……残念ね。甘寧には適当に当たって引き上げるように指示しておいて」
「ハッ」