第二百七十五話
「ずびばぜんお嬢ざま」
「ふ、不覚……コホコホ……い、一日だけ休ま……コホコホ……せて頂きます」
「病人は病人らしくゆっくり休むのじゃ。病人先輩からの金言じゃぞ」
これが七乃と孫権と最後の会話であった……まぁ最後は最後でも死んだわけでもなく、ただただ会えないだけなんじゃがな。
ただし、本当に最後になるかもしれんがの。主に吾が過労死しそうだという意味で、じゃが。
病み上がりじゃから、というのも当然あるし二人も幹部が抜けておるから自然と仕事量が増えるので辛くなって当然ではあるが……今回のそれは少し違うのじゃ。
七乃も孫権も離れることなど乳離しておらん子ではあるまいし当然ある。それに戦場に送り出したことだってあるのじゃから今更不安に思うことはない……と思っておったんじゃがのぉ。
やはり病は別じゃな。
ぶっちゃけ戦場で送り出したとは言っても勝てる戦、負けぬ戦しかしておらん。唯一の例外は北郷達の奇襲ぐらいじゃ。
しかし、病は個人単体、そして未然に防ぐ手段はかなり限られて……いや、まぁ、うん……あやつら、吾が病に罹っておるというのに引っ切り無しに様子を見に来ておったからなぁ~。
自業自得と言ってしまうのは患者であり、実際その暖かさに救われた吾が言うのは若干気が引けるがの。
やはり甘えであったな。大事に思えばこそ本人達の意思など無視して近寄らせるべきではなかった。
わかっておったはずじゃろ吾。この時代の人間はすぐ死んでしまう。
気という前世にはない力があるが、それでも病に完全に打ち勝つことなどできないことはわかっておった。
どんな病だろうと警戒しておくべきであった……などという後悔と七乃と孫権は大丈夫じゃろうかという心配が思考を曇らせて仕事の手を鈍らせておるんじゃよ。
また自覚してもなかなか改善できないことなのが辛いところじゃ。
幸いなのは吾がうっかり手を止めてしまっても傍に控える関羽が注意して来んことじゃな。
というか本当にどうしたんじゃ?
「……いえ、少々思うところがありまして」
「本当にどうしたんじゃ?」
いつもの関羽なら気にせず指摘しておったじゃろう?
「実は……袁――ゴホン、お嬢様が臥せていられる間のことなんですが」
あ、関羽もお嬢様って呼ぶんじゃな。まぁ日頃から呼ばれ慣れておるから問題ないが。
「孫権殿が今のお嬢様のように手を止めていたので注意というほどではないのですが指摘したのですが……」
あ、なんか嫌な予感がするのじゃ。
「書類に誤りがあったり仕事が遅れているならともかく滞りなく熟しているのに文句を言われる謂れはない、と」
おおぅ、これは面倒なパターンの問題じゃぞ。
「本人が言っていたとおり仕事に遅れはなかったのです。なので私は……」
「関羽が悪いわけではないじゃろ」
「……」
「それに孫権が悪いわけでもないのじゃ」
そう、二人とも悪いわけではない。
度々手が休んでいたら注意したくなる。それが日頃真面目な孫権なら余計に気にもなろう。目にしたのが更に真面目な関羽なら尚更じゃな。
一番悪いのは――
「責任者である吾が病で倒れてしまったことじゃな」
「そんなことは……」
「いや、そうなんじゃよ。だから関羽は悪くないぞ?それに孫権も、な」
大事なことなので二回言っておくのじゃ。
「そもそも関羽は暴走してしまう吾達をよく諌めてくれる大事な役割を担ってくれておる。今回はそれが悪い方向に出てしまっただけじゃ」
「……諌めはしますけど、一度として止められた覚えはありませんけど」
「気、気のせいではないか?」
「本当のことですが冗談です。気にしないでください」
そうか、冗談……ん?頭に本当のことって言っておるではないか?!
「いいのです。お嬢様はそのあり方こそお嬢様であり、今の泰平を築いておいでなのですから、その脇を固めるのが私達家臣の役目です」
「関羽……」
よかった。曇っておった表情が晴れておる。
いや、本当に責任者が病に倒れるなんて駄目じゃの。
せめて倒れる前に気づく程度にはせんとな。
ちなみにこの間、吾は判子を押す手は止まっておらんかったりするが気にしたら負けじゃぞ。そもそも真剣な話をしておる関羽が気にしておらんからの。