第二十六話
周瑜の目の前ということでとぼけたやり取りをしたが魯粛から改めて報告をもらった。
関税の軽減、賊被害の賠償と謝罪、文聘引き抜き(は劉表が関係ないところで決まったが)、商会の進出などをもぎ取ることに成功したようじゃ。
決め手となったのは言っていたように孫策が吾の手元に来たからというのが大きいようじゃ。
流言で随分名を落とした劉表、そして更に孫策という攻撃の札が増えたことによってさすがに堪え切れなくなったようじゃ。
それに吾はまだ調査を続けていることもプレッシャーになったんじゃろうな。万が一何かが出れば本当に地に落ちるからの。
今なら調査をやめると持ちかけると魯粛が仄めかすと劉表は妥協したようじゃ。
……炎蓮、今はこの程度の仇討ちで勘弁してたもれ……まぁそんなことより孫家を維持する方が喜ばれそうではあるが。
「しかしこれで……また仕事が増えるのぉ」
ガタガタッ!と天井から音が聞こえる。おそらく密かに護衛しておる影達が動揺したのじゃろう。
これ以上仕事を増やすと影達の休みがなくなるからのぉ。しかし商会の進出の規模が大きくなればそれだけ仕事が増えるのは間違いない。
なにせ商会の納税作業は現在ですら十日で終わらん。これが更に増えるとなると……多分死人が出るぞ。
こうなっては仕方あるまい、袁隗ばあちゃんに増援を頼むかの。あまり借りは作りたくないのじゃが背に腹は代えられないぬ。
せっかく文聘が増えたのに、これでは破綻してしまう。
七乃が帰ってくるのはまだ先じゃろうし——
「ただいま帰りました!お嬢様寂しくなかったですか?七乃は寂しかったですぅー」
めっちゃ早かったのじゃ。
休暇を出して四日しか経っておらんぞ。それに寂しかったというても日頃の方がもっと会ってないと思うぞ。
最近昼間は関羽と鬼ごっこ、夜は仕事で忙しいからのぉ。
「いやですねー。お嬢様が気づいていないだけでいつも私は側に居ましたよ?」
……コワッ?!どこのストーカーじゃ!ストーカー規制法はどうしたのじゃ?!仕事をせんか!……あ、そんなものはなかったのじゃ。
この世界ではストーカーと書いて純愛を指すんじゃったな。
まぁ、実は四六時中影に護衛されておるから見られるのには慣れておるがの。
「たまにお嬢様を襲おうとしてあの忌々しい影達に取り押さえられたこともありましたねぇ」
グッジョブじゃ影達!
知らぬ間に貞操の危機が訪れておったようじゃ……しかも言い方から察するに何度も。
「その度に魯粛さんにお説教されたんですよ」
おお、さすが魯粛——
「抜け駆けは許さないなんて言うんですよ?元々お嬢様に仕えたのは私の方が早いのにっ!」
……訂正、魯粛も同じ穴の狢のようじゃ。
いやー、モテる袁術は辛いのじゃ〜ガクガクブルブル。
「そ、そうじゃ。七乃、おぬしは文官を探す旅に出ておったはずじゃが、なぜこんなに早く帰ってきたのじゃ?」
「それには海より広く人間の業より深い事情があるんですよ」
人間の業より深い……それは相当深い話じゃと思うが……なぜか七乃が言うと醤油の受け皿並に浅く聞こえるがの。
「実はですね。お嬢様に休みを言い渡されてやることがなくなって居酒屋さんで自棄酒をしていたんですけど」
いきなり雲行きが怪しくなったぞ。
「そこである二人の女性に……女性?……にあったんですよ。その方達は自分達は南の玄武、北の朱雀とか自称してたんですけど」
色々ツッコむところが満載なんじゃが……女性なのかどうなのか疑問に思っておるのは百歩譲っていいとして、そもそも自称しているのも痛々しいのに南で玄武、北で朱雀じゃと?方角で表すなら玄武が北で朱雀が南じゃろ。
無知でそう名乗っておるならまだ良いが……まさか方角と四神が正反対、つまり無能という意味じゃなかろうな。
「彼女達は職場で不当な扱いを受けた上にまじめに仕事をしていたのに解雇されてしまったそうです。聞いてみると官吏をやっていたそうなのでせっかくなので連れてきました」
玄武や朱雀などと自称しておるやつがまじめに仕事?不当な扱い?正当な扱いな気がするぞ。
「それで名前はなんと申すんじゃ?」
「楊松と楊柏ですね」
「もしやとは思うが、そやつら、以前は漢中におらんかったか?」
「あれ、お嬢様は御二人をご存知なんですか?」
やっぱりか?!あの毒にも薬にもならない無能コンビか?!三国志Ⅸでは袁術家臣ですらALL五十以下のステータスなんて一人しかおらんのに、その二人はALL五十以下の強者()じゃぞ。
いや、楽就達の例もあるから無能とは言えぬ……のじゃが先ほど聞いた話と合わせるとどう考えても優秀とは言えん奴らじゃろ。
「確かこの前あった商人からそのような名前を聞いた気がするのじゃ」
「ほほぅ、彼女達は本当に有名だったんですねー」
有名だったとしても無能過ぎて有名なんじゃなかろうか。
「そういえば他にもちみっこい三人組もいたんですけど、その内の一人が二人は伏龍と鳳雛と呼ばれてるなんて嘯いてましたけどさすがにあれはないですよねー」
…………
………
……
…
七乃!拾ってくるの間違えておるのじゃ!そっちがアタリじゃ!
「そ、そやつらは今何処に居る?」
「あれからすぐに南陽を出るって言ってましたから多分もういませんよー」
くっ、後で影に探索させておくとしよう。
家臣に……いや、最悪消しておくのもありか?
「それで二人を私の使い走りにしようと思ってるんですけど」
「ふむ……少々素性を洗ってみるからしばし一緒に遊んでおると良いぞ。ほれ、玩具はそこにあるじゃろ」
ちょっとお仕置きを兼ねて頑張ってもらうとしようかの。
「ゑ?」
とりあえずそこの山を崩すことから始めてたも。
いやー、玩具(書類)は楽しいぞ。
マジで寝る時間がなくなるところじゃった。
「私の休暇……」
「だから遊ぶんじゃろ?」
「休暇……頑張らせていただきます!」
……頼んだ吾も吾じゃが、折れる七乃もどうなんじゃ?
「七乃七乃、ちょっとこっちに来るのじゃ」
「?……はい」
「ちょっと屈んでたも、もっと屈んでたも」
「これぐらいですか?」
うむ、吾と目が会う程度に屈むのはつらそうじゃが、そこは我慢してもらう。
「では——」
手を七乃の顔……のすぐ隣に突き出し、後ろにある壁に——
ドンッ
「七乃、いつも頑張ってくれてありがとう」
「くぁwせdrftgyふじこlp」
壁ドンは時代を超えても有効なようじゃ。
ここから繋いで——
クイッ
「これからも期待しておるぞ」
「■■■■■ーーーーーー!!」
顎クイも効果は抜群じゃ!
七乃が混乱しておる!
「————」
七乃は逃げ出したっ!
吾は魔王じゃないから逃げ切られたっ!
「……ちょっとやり過ぎたかもしれん。ま、まぁ疲れも吹き飛んだようじゃし問題なかろう……多分」
この後、二人の素性調査をしてみた結果、案の定汚職まみれの強姦魔(百合)であることが判明した。
しかも指名手配中じゃったので突き出してやったのじゃ。
「孫堅の次女、姓は孫、名は権、字は仲謀と申します」
「うむうむ、長女より真面目そうで何よりじゃ」
「ちょっとぉその言い草はないんじゃないの。これでも渡された仕事は全部終わらせてるでしょ」
「周瑜さんが、ですけどねぇ」
ナイスツッコミじゃ七乃。
最近周瑜の顔色が日に日に悪くなっていくのを見ておると心が傷んでついつい書類を回してしまうのじゃ。
それにしても孫策も随分ここに馴染んだのぉ。
謁見中に勝手に発言し、主に向かってラフな喋り方をするなんぞ身内の前とはいえ……いや、だからこそ礼節を保ち、主として敬い、下の者にも見せつけ、主従関係をはっきり示すことによってトラブルを防ぐことができるのじゃが……まぁ、吾に関しては今更のことか。
食堂のおばちゃんなんぞ吾を公ちゃんなどと呼ぶからの。字の公路と敬称の公を掛けておるのじゃが……微妙な気分になっていたのは随分前の話じゃ。
「姉様!雇われた身でありながら主に向かってそのような態度は——」
「もう、蓮華は相変わらず堅苦しいんだから」
「姉様っ!」
うむ、孫権は本当にまじめなのじゃな。
これからが楽しみじゃ……頑張って育てなければならんな。もっとも吾自身もまだまだ成長途中な上に年下じゃから言葉にすれば背伸びをしておる子供にしか見えぬがな。
「よいよい、今回は久しぶりの再会じゃ。多少のことは大目に見よう」
「慈悲深いお嬢様は天下一素敵です!またあの壁ドン希望しますぅ!顎クイも一緒にしてもらえたら萌え死にます!」
あれからハマったのかよく壁ドンを要求されるようになったんじゃが……あんな恥ずかしいこと何度もやれるか!
しかも護衛しておった影から魯粛や紀霊に伝わって是非自分にも、と要望されるし……終いには影達からも要望される始末じゃ。
もうやめて!吾のライフには恥死量なのじゃ!
ただ……このご褒美のおかげで皆の士気が上昇して、最近は延々と終わらない書類仕事のせいで暗雲立ち籠めていた空気が解消されたのは良かった……引き換えに吾のプライドがズタズタじゃがな。
「何にしても、吾は孫権を歓迎する。当面は……紀霊に預ける」
紀霊は何気に万能じゃからな。
政も魯粛ほどではないしにしてもできなくはない、武力は一流、統率力も一流じゃ。少し(?)筋肉質な身体にコンプレックスを抱いておるようじゃが紀霊の美しさを減んじることはないと思うが……それは本人が気にしておることじゃから仕方ないか。
そして何よりまじめじゃからな。関羽とも波長が合うようじゃから孫権も大丈夫じゃろう。
孫権と関羽……史実では因縁深いものがあるが性格は似ておるな。
「ハッ!何処に出しても恥ずかしくない立派な使用人に育て上げてみせます!」
「「いや、違うじゃろ(でしょ)」」
「?」
冗談かと思ったら本気……じゃと?!
いやいや、孫権を使用人なんて……なんて……なんていいのじゃ!
「よし、採用!」
「ちょっと!さっき自分で違うって言ってたでしょ!なんで手のひらを返すのよ!」
「いや、ちょっと孫権の使用人服を来た姿を見てみたかったとかそんなことじゃないぞ?ちゃんと理由があるんじゃ。本当じゃぞ?」
「蓮華の使用人服……使用人服ってあれよね。紀霊さんが着てる」
「うむ、そうじゃな」
「……いいわね」
「実家へ帰らせてもらいます」
「「じょ、冗談じゃよ(よ)冗談」」
八割本気じゃったが二割は冗談じゃから嘘はついておらんぞ?
「本気だったのですが……」
うん、紀霊が本気だったのは知っておったぞ。しかし孫権が怒るから今は黙っておいてほしいのじゃ。